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あのヒトはどこに

作者: AIガモ
掲載日:2026/01/10


 彼女は見つけたのは、偶然だった。

 

 やることのない休日。

 時間つぶしにインターネットを目的もなくあちこちと眺め続けると、ふと目に付いた画像があった。綺麗な女性が港にいる写真だった。本当に美しかった。もっと賛美したいのだが、女性経験の乏しい自分ではとうてい表現できない。強いて特徴をあげるとしたら輝くような黒髪の持ち主だった。

 それでも初見時は一目見ただけであとはスクロールを続けた。

 一、二時間してもう遅い時間に食事をとっているときに、ふと香辛料の匂いとともに脳内の暗闇に彼女が現れた。

 

 皿を片付けると、また彼女を眺めていた。

 隅から隅まで見渡すと、アカウントのポストを確認する。あるのは数件ほどのなんてことない日常の様子を伝える文章。それを頭に入れてから、また画像を見る。

 それを夜寝るまで繰り返した。

 翌日、仕事に戻っても彼女はまだ記憶に残り続けた。最初はふと思い出す程度だったが、画像をスマホに入れていつでも見られるようにした。彼女の存在がだんだんとぼくの日常に占める割合が時間を経るごとに増えていくのを感じた。

 

 こんなことは初めてだった。


 画面の彼女を観察する日は続いた。しかしふいに、馴染んだその写真が遠くに離れていった。指で触れても彼女はなにも変化しない。

 ポストも増えない。


 世界が暗闇に包まれた気分がした。


 今の自分には、彼女以外なにもなかったことに気付いた。

 

 しばらく悩んで確認したのは、画像の投稿日だった。一か月前。画像を解析サイトにかける。背景からどこの場所だったか分かると、休日に向かった。

 

 電車を乗り継いだ先にあったのは、冬の港。

 周辺を歩き続けて彼女らしい人物を探してみるものの、誰もいない。だが彼女が撮影した背景と一致する場所はあったので、そこでしばらく立っていた。

 昼はさざ波がたつばかり。

 夜は海はもう見えなくなり、明かりを点けた船がどこかへ旅立っていく。

 その日、彼女を見つけることはなかった。


 翌朝、また同じところに立って彼女を待つ。だが、彼女が現れることはない。近くにとった宿との往復を数日間繰り返す。時間が悪いのかとは考えた。画像は昼間に撮影されたもののようだが、今では別に時間に来ているかもしれないと睡眠時間をズラして、それ以外は港に居着いた。食事はコンビニで買ったものをその場でとっている。

 

 やがて上司から連絡がきた。有休はまだあったのだが、さすがに事前の連絡もなしに休み過ぎたみたいだ。色々心配されたが、明後日には出勤すると伝えた。

 移動を考えると、明日の夕方までがタイムリミット。

 ストーカーじみた行為だが、別に彼女になにかしたいわけではない。想いを伝えるわけでもない。ただ彼女の姿をこの目で見たいだけなのだ。


 翌日、港には人ひとり来ることはなかった。


 諦めきれず深夜まで粘り、朝まで一睡もせずにベンチに座り込んでいた。

 意識が朦朧とする中、ポケットでスマートフォンが震えた。

 相手も見ずに恐る恐る通話ボタンを押すと、耳をつんざくような怒鳴り声が響いた。相手は上司だった。無断欠勤への叱責。呆れ果てたような溜息。

 

 当然だ。

 あれからぼくは残っていたはずの有休まで使い果たしたうえで、さらにこの場所に残り続けたのだから。

 しばらくの説教の後、最後に告げられる。

「明日来ないような、もう来なくていい」

 ぼくは画面が暗転したスマホを握りしめた。クビか。真面目だけが取り柄だったはずが、たった一度の奇行で積んでいたはずのものをすべて失ったようだ。

 

 今日で本当に最後だな。


 とはいえ、もうとうに諦めている。それでも残ったのは意地だろうか。

 ……いや、ぼくにそんな根性はないな。

 

 だとしたらこの感情は――


 朝霧の向こう、彼女が写っていたあの場所に人影が見えた。 心臓が跳ね上がった。長い髪が風に揺れている。彼女だ。やっと会えた。 ぼくは痺れた足をもつれさせながら、全力で駆け出した。

 

「あのっ、やっと、やっと会え……!」


 なぜだ?

 ぼくはわざわざ声なんてかけなくてもよかったはずなのに、なんで痛いほど足を動かしてまで彼女に近づいているんだ。

 本当は、ぼくは、


「……?」

「あっ」

 

 そこにいたのは、彼女ではなかった。 似てすらいなかった。年齢も、顔立ちも、雰囲気も、画像の中の少女とは似ても似つかない喪服を着た見知らぬ女性だった。ただ髪が長いというだけで、遠目に見間違えただけだったのだ。

 あまりの落差に、ぼくは糸が切れたように膝から崩れ落ちそうになった。

 女性は、幽鬼のような形相で迫ってきたぼくに驚いた様子を見せたが、すぐにその目が哀れむような色に変わった。


「……誰か、待ち人ですか?」

「あ、いや……その……」

 

 人違いだと言い訳する気力もなかった。ぼくはただ、ここへ来るために自分なりにこれまで積み上げてきたものを捨ててきたのだ。それなのに、目の前にいるのは赤の他人。現実とはこれほどまでに残酷で、冴えないものなのか。


「私は、友人の弔いに来たんです」

 

 女性は視線を海に戻して言った。


「あの子、この海が好きだったから。ここに来れば、死んだあの子に少しでも近づける気がして」


 女性の独白は、波音に混じって静かに響いた。

 それを聞いて、ぼくは声をかける。


「すみません。その子の写真ってありますか? いえ、ひょっとしてぼくが探している人と同じかもしれないって」

「画像でよければ」

「お願いします」


 女性はスマホを取り出す。

 傍から見ればぼくの態度は明らかに不審だったろう。そんな相手でも彼女を見せてくれようとするのは、それほどまでに彼女のことを深く想い、失った悲しみが大きいからだろう。


「この子です」


 ……違ったか。

 ひょっとしたらと思った。だが女性のスマホに映る少女は、彼女とは別人だった。

 なにも言わずとも表情を見て察したらしく、女性は黙ってスマホを切った。


「たとえもう会えなくても、想いは届くはず……私はそう信じています」


 女性は最後にそう言うと、花束を地面に置いて立ち去っていった。こちらの事情など知らないはずなのに、その言葉は空っぽになったぼくの胸に深く突き刺さった。


 深夜、自宅のアパートに帰り着いた。

 溜まった郵便物が廊下にまで溢れていたので、回収してからドアを開ける。

 淀んだ空気が、冷えた体にいっそう染みる。


 明日からはまた、退屈で色のない日常が始まる。

 

(いや、それもまた少し違う)


 今回見つからなかっただけで、彼女はいるのだ。亡くなってなんていない。ただ、さすがにあの場所にいることはないと断言できるから、今度は別の場所を探しにいこう。あの画像を隅々まで見渡して、ちょっとでも可能性のある所を見つけて。

 

 希望を見出したものの、同時に暗い気持ちにも覆われる。


 彼女はまだ生きている。だとしたら、ぼくの知らないところで知らない男の隣を歩いていてもおかしくない。画像は最近のではなく、過去のものだってこともある。ならとっくの昔に結婚までして――


 苦しみが体内に渦巻く。

 一目見れば満足のはずだった。なのに、こんな気持ちになるということは、きっとこの想いは本物なのだろう。

 

 確信したぼくは彼女を見て落ち着こうとしたが、スマホの通知ランプが点滅しているのに気づいた。


『ご連絡ありがとうございます』


 あの、彼女の画像を載せていたアカウントからだった。 数日前に送った、あふれんばかりの想いを綴ったDMへの返信だ。

 ぼくは慌てて、通知からアプリを開いてメッセージ全体を見る。

 

『ご連絡ありがとうございます。ごめんなさい、あの画像、実は悪ふざけで生成AIで作ったものなんです。実在しない人物なので、探しても無駄ですよ(笑)』


 文末についた軽い絵文字。

 ぼくは薄暗い部屋の中で、その文字を何度もなぞった。 

 そして


「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 

 ぼくは席に着き、山積みになった書類を片付け始めた。

 キーボードを叩く音。取引先との電話。同僚たちの世間話。  

 ぼくが戻るまでと変わらない日常がそこにあった。

 会社に再び出社してすぐ本来はクビもあるぞといわれたが、どうやら人手不足なことを考慮して、減給で許してくれるようだ。ぼくとしてもその申し出はありがたかったため、残ることにした。


「じゃあ帰ります」

「A社の書類はまとめたの?」

「もう終わって、そちらのPCにあげておきましたよ」


 指摘すると確認してくれて、要望通り定時で帰らせてくれた。上司の間違いもしょうがない。以前のぼくだったら残業までしなきゃ終わらせられない分量だったし、なんなら早めに終わってもわざと残って給料泥棒をしていた。

 でも今のぼくにとって、残業はできるかぎり避けたいものだった。


 どこにも寄らず家に真っすぐ帰るやいなや、部屋の明かりもつけずにPCの電源を入れる。 最高級というほどではないが、貯金の全てを使い果たして買ったハイスペックなグラフィックボードを積んだマシンが唸りを上げる。

 待機中、夕飯に通販でまとめて買っておいた完全栄養食のパンを食べながら画面を眺める。

 

 やがて、女の写真がぼくの前に映る。


「やり直し」

 

 プロンプトを書き直し、エンターキーを叩く。 しばらくしてまた別の女が出てくる。

 

 カタン カタン カタン カタン カタン


 たったひとつの光源を見つめ、エンターキーを叩き続けた。











 西暦21XX年。

 あの日から百年が過ぎた。

 

 広々としたリビングのソファに腰かけ、ぼくはテレビを見ている。

 興味もない番組だが、もう体がろくに動けず、だからとってゲームや読書を楽しめるほど頭も回らず、これくらいしか楽しめるものがなかった。

 疲れたな……

 なにもせず家にいたはずなのに、どうしようもない疲労感に包まれる。このまま寝てしまおうと目をつぶる。


「駄目ですよ。おじいさま」

「おっと。いたのか、おまえ」

「今、買い物から帰ってきました。もうお歳なのに、なにもかけずソファで睡眠なんてとっては体によくないですよ。食材を買ってきたので、ごはんにしましょう」

「そうかい。ありがとう」

「べ、べつにあんたのためなんかじゃないんだからね! あんたの好物のグラタンなんて作ってあげないんだからね!」

「はは。うれしいよ」


 メイドは頬を染めたまま、キッチンに向かう。

 その容姿は「彼女」に瓜二つ――いや、そのものだった。


 この百年で、科学は歩みを止めることなく発展し続けた。

 最新のロボット工学は人間と変わらない姿と動くアンドロイドを製造できるようになった。

 AIは彼女は、あの時この世に存在しなかった女性を、見た目だけではなく、思考パターン、感情の機微、そのすべてにおいて完璧に再現していた。


「はい。出前一丁おまち。熱い内に食べてくれや」

「こ、こりゃ少しぼくには熱すぎるね」

「もう仕方ありませんね」

 

 フーフー

 彼女は冷ましてくれたあと「あーん」とスプーンをこちらに差し出してくれた。

 ぼくはそれを笑顔で受け取った。

 

 幸せだった。この時間がもっと長く続いてほしい。

 医学も進歩して、ぼくの寿命はあと二、三十年ある。だけどそのうえで今、熱心に研究させている不老不死の実現を願っている。 もしそれが成功すれば、ぼくは長く続くどころか、永遠に彼女と一緒にいられるだろう。


「おじいさま。食事が終わったら映画でも見ましょうよ。サブスクにあの人気シリーズの99作目がきたんですよ」

「そうだね。じゃあ、もう少し起きてようか」

 

 ぼくたちは並んでソファに座る。

 ティーカップが渡される時、ぼくの手が彼女に触れる。その手は温かった。


「科学の進歩って、すごいね」


 彼女はゆっくりと頷き、静かに微笑んだ。 その笑顔は、かつてぼくが画面の向こうに見た、あの「彼女」の微笑みそのものだった。

 

挿絵(By みてみん)

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