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第二章(1)

 アンヌッカは国王からの命令のような結婚を受け入れたというのに、それに対して兄のマーカスは「反対だ」「断ったほうがいい」と頑なだ。


 アリスタも「すまない、すまない」としきりに謝っていたが、マーカスに触発されたのか次の日になると「断ってもいい」とまで言い出す始末。


 だがアンヌッカは、この結婚を断ったとしても、また別の相手との結婚を打診されるのではないかと思っていた。もしくは、軍の総力をあげてメリネ魔法研究所を潰しにかかるか。


 というのも、最近のメリネ魔法研究所は目立ちすぎている。


 魔導士であれば平等に機会が与えられるべき。という理念のメリネ魔法研究所は、各々の魔導士の能力にあった仕事を割り当てる。その結果、金さえ出せば何でも引き受けると影で言われていることを知っている。


 代表のアリスタが「言いたいやつには好きに言わせておけばいい」方針であるし、所属している魔導士たちも、自分の好きな仕事ができれば文句はないといった具合だ。


 だから、よりいっそう悪目立ちしている。


 今の研究所の力があれば、国に対抗する力もじゅうぶんに備えているだろう。だけどいろいろと考えた結果、望まぬ涙と血を流すようになるのは避けたかった。


「お父様、お兄様。わたしは自分の意思でこの結婚を受け入れるのです。ですから、そのようなことをおっしゃらないでください」


 アンヌッカも何度、二人をなだめたかもわからない。


「だがな、本当にいいのか?」


 書類にサインをしようとペンを握りしめるアンヌッカに向かって、アリスタは最後の通告でもするかのように悲壮な表情を浮かべている。


「はい。わたしが自分で決めたことです。お父様からもお兄様からも、無理強いされたものではございませんから」

「だけど――」

「あなた。往生際が悪いですよ。アンヌッカ本人がこう言っているのですから、私たちは彼女を支えるべきでは?」


 マーカスが言いかけようとしたところに割って入ったのは、彼の妻であるプリシラだ。アンヌッカから見れば義理の姉。


 今では女主人として家のことを取り仕切るとともに、男手だけでは気がつかないような細やかな配慮を、この魔法研究所でも見せている。そのため、メリネ魔法研究所の裏の所長はこのプリシラではないかと、まことしやかにささやかれている。


「アン? 私のほうからも確認するわ。あなた、この縁談を受け入れて後悔はしないわね? あのとき、家族に言われたから引き受けたとか、そんなふうにあとになって逃げないって誓えるわね?」

「はい」


 さすが裏所長なだけあるプリシラだ。その言葉の一つ一つに説得力があり、有無を言わさぬ迫力がある。

 だがアンヌッカが返事をしたのはその迫力に負けたからではない。自分で考え、納得して出した答え。


「だったら、それにサインをしてしまいなさい。この人たちが、これ以上、うだうだと文句を言わないように」

「だが、アン――」

「しっ」


 何かを言いかけようとしたマーカスをプリシラが制したため、ほっと息を吐いたアンヌッカは書類にサインをした。


「せっかくアンヌッカが心を決めたというのに、あなたたちに任せたらこの書類を葬り去りそうね。これは、私が責任を持って提出いたします」


 そう言ったプリシラの言葉がきっちりと守られたと証明できたのは、それからおよそ十日後の昼下がり。


 アリスタの手元に、アンヌッカとライオネルの婚約が認められたという国王のサイン入りの証明書が届いたからだ。それと共に、ライオネルからの手紙も同封されていた。


 つまりこの証明書は、国王からライオネルを経由して届けられたもの。


「なんて書いてあるんだ?」


 マーカスがこの縁談に乗り気でないのは、アンヌッカもわかっている。だから、ライオネルからの手紙が気になるのだろう。


「あなた。他人の恋文をのぞくものではありません」


 そわそわとしているマーカスにプリシラの声が飛ぶ。そんな二人のやりとりを見つつも、アンヌッカは手紙を読みすすめるものの、ひくっと唇が震えた。次第に眉間にしわが寄っていく。


 ――結婚したという事実があればいい。この結婚に愛などを求めぬように。


 アンヌッカの様子を見て、マーカスも不安に思ったのだろう。


「ちょっと見せてみろ」


 ひょいっと手紙をマーカスに奪われた。それを読み進めていくうちに、兄もわなわなと震え始める。


「な、なんなんだ。この内容は」


 今にも手紙を握りつぶしてしまいそうな勢いだ。


「お兄様、落ち着いてください」

「そうよ、あなた」


 だが、マーカスをなだめようとしているプリシラのほうが、手紙を読んでこめかみをふるふると震わせている。


「この結婚は政略的なものだとわかっていて受け入れたのはわたしです。逆に、はじめからこのように教えてくださって、親切ではありませんか」

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