第一章(4)
「なんでここがこれだけ儲かっているかわかるかい? 最近では、魔獣討伐に同行する魔導士のほとんどが、メリネ研究所の奴らだからだよ。なにより国家魔導士は君と組むのを嫌がっているからね」
ライオネルはこめかみをひくりと震わせた。これはユースタスが遠回しに嫌みを言っている。
ライオネルと国家魔導士の相性が悪く、魔獣討伐に同行してくれるような魔導士らはいなくなった。しかし、魔獣討伐においては、万が一の不測の事態に備えて魔導士を一人、二人同行させなければならない。いくらライオネルが断っても、規則であるがゆえ絶対だそうだ。そしてその依頼先が、メリネ研究所に所属する魔導士らとなる。
つまり、メリネ魔法研究所が潤沢なのは、魔獣討伐を依頼している軍のおかげともいえるわけで。
と、ユースタスはそれを遠回しに指摘しているのだ。
「それにね、ライオネル。私は、言ったよね? 私に文句を言うのは、君が総帥になってからにしろって。軍の規則、わかってるかな? 将官以上は妻帯するのが条件ね?」
それはライオネルもわかっている。大佐までは異例の早さで昇進したというのに、そこでパタリと止まっているのは独身だからだ。
「だからさ、この相手。君にとっては悪くはない相手だと思うんだよね」
仕方なくライオネルは釣書を手にした。
相手の名は、アンヌッカ・メリネ。メリネ魔法研究所を立ち上げた所長の娘だ。年齢は十九歳。魔法研究者として研究所で働いているようだが、これといって特筆することはないようだ。顔立ちは年相応の女性で、可もなく不可もなく。隣にはべらせておくには申し分ない。
ライオネルも昇進のためには結婚しなければならないとはわかってはいたが、積極的に結婚したいとは思ってもいない。そのため、積極的に相手を探すようなこともしていないし、すり寄ってくる女性は鬱陶しいとすら思っていた。
「俺に拒否権はないんだろ?」
その言葉にユースタスはニタリと笑う。微笑みの貴公子とはほど遠いような、悪巧みを考えているような笑みだ。
「そうだよ、よくわかっているね。先ほども言ったように、メリネ研究所は力をつけてきているし、金さえ払えばどんな仕事も引き受けてくれるからね。それに最近では、他国にも魔導士を派遣しているようだ。だからさ、こちらとしては他の国やまして極右組織と手を結ばれたりしたら困るわけ。こっちの軍とも繋がっているわけだしね」
なんでも屋のようなメリネ魔法研究所。その立場だから今のうちにこちらに取り込んでおきたいのだろう。
「それで、だ。メリネ研究所を取り込むために、その娘とこっちの誰かを結婚させようと考えたのさ。そうなったとき、その相手として君ほどふさわしい人間はいないだろう? 君はこれから軍の中心を担う人間。相手は、肥大化している民間の魔法研究所。この二つが手を結べば、この国は安泰だね」
国は安泰だが、ライオネルとしては安泰ではない。それが顔に出ていたようだ。
「何か、文句はある?」
「文句ね……文句しかないな。だが、俺だって昇進のために結婚が必要なのはわかっている。むしろ、それをぶっ壊すために、ここで暴れてやろうかと思っていたが……」
将官になるためには妻帯が必須条件というのは、もちろんライオネルも知っていた。それでも結婚を望まなかったのは、伴侶として隣にいてもいいようなめぼしい女性が見つからなかったからだ。それは、地位、見た目、人柄。すべてにおいて、望ましい女性がいなかった。
だからこのまま独身を貫き、独身のまま将官の地位についてやろうと思っていたのだ。妻帯が必須条件というその必須を、ぶっ壊してやろうと思っていたというのに。
「そういうのはね、外から壊すのではなく、中から壊すものだよ。君が妻帯して将官になったところで、壊してやればいい。大佐の君が今の制度に反対の声をあげたとしても、彼らは動かないだろうね。なによりも、君を目障りだと思っているような奴らだから」
ユースタスの言っていることは正しい。将官以上の彼らは、若くして順調に階段を上っているライオネルをわずらわしいと思っているのだ。
若さと知識は、年老いた彼らにとって驚異となる。それを持つライオネルは、彼らにとっては目障りなのだ。
それを考えれば、決まりごとをぶっ壊そうと一人で粋がっていても、上から押さえつけられる可能性は重々にある。となれば、ユースタスの言うように、今の規則に則って上にいき、そこで暴れるほうがいいのかもしれない。
「なるほどな。それに、この女なら……」
とそこまで言いかけてライオネルは口をつぐむ。
「へぇ? 君が女性に興味を持つだなんてね。天変地異の前触れかな?」
「興味を持ったわけではない。どう利用できるか、考えているだけだ」
「それを興味というのだと思うのだけれどね。まぁ、いい。こんなくだらないやりとりをしたいわけではないからね。君はこの結婚に乗り気っていうことでいいね?」
「乗り気ではない。ただ、利用してやるだけだ」
そう。この結婚はライオネルにとって都合のいいもの。
うるさい軍の上の奴らを黙らせるために必要なもの。
そう、自身に言い聞かせる。




