第九章(2)
「はい。三百年前の言語で書かれているのかと思ったのですが、これはゾフレ地区で見つけた魔導書と同じ古代文字のようですね。よかった、先にあの魔導書を読み解いていたから、今なら、これ、わかります」
「なんて書いてあるんだ?」
アンヌッカは読み解いた内容を説明する。壁の模様にも見えるが、二カ所、色の違うところがある。そこを線で結んだ中心に王族の血を引く者が触れ、術式を展開すればよい。その術式も壁に書いてある古代文字を読み解くことで理解できる。
「てことは、おまえの出番じゃないか。よかったな。おまえの献身的な祈りが天に届いたというわけだ」
「君のその冗談、面白くないな」
どこに冗談があったかすら、アンヌッカにはわからない。
「王太子殿下、どうされます? やります? やめます?」
「リーナに心配されるようでは、私もまだまだだな。もちろん、やるよ。もしかしたら中にもまた古代文字が溢れているかもしれないからね。そうなったら私とライオネルだけではお手上げだ。できればリーナが協力してくれている今のうちに、確認しておきたい」
だが、ここまで来れば後戻りはできない。
ずっと隠されていた部屋には何があるのか。
「そもそも、なんで隠し部屋なんて調べようと思ったのです?」
「昔から言われているわりには、実際にそういった部屋が見つからなかったからね。それが事実かどうかを確認したかっただけなんだが」
壁に手を添えながらユースタスが答えた。
「一応、私だってこれからこの国を背負う者だからね。まして王城はこの国の象徴でもある。そこに私の知らない場所が存在するだなんて、それが許せない。その知らない場所で、何か勝手なことをしている者がいるとしたら、なおさらね」
「まさか。そのような人物が存在するのですか?」
「例えば、の話だよ。誰だって悪いことをするときは隠れてするものだろう? 灯台もと暗しとも言うようにね……」
そこで口をつぐんだユースタスは、先ほどアンヌッカが説明したように、空いている手で宙に術式を描いていく。ぽつ、ぽつと光が生まれ、次第に広がっていくその光は壁一面を包み込んだ。
その光が引いたときに、壁だと思っていた箇所に扉が現れる。
「すごいな……」
感心したようにライオネルが呟く。
「さすがだね、リーナ」
「まさか、わたしもこんなにうまくいくとは思ってもいませんでした」
扉を開け、中へと入る。そこには下に続く階段があった。おそらく地下室になっているのだろう。
「暗いな……」
「こういうこともあるかと思って、準備してきました」
そう言ったアンヌッカが革袋から取り出したのは、魔法具の一種の魔法ランプだ。魔石が使われているため、念じれば明かりを灯すことができる。
「さすが、気が利くな。どっかの朴念仁とは大違いだ」
ユースタスがははっと笑うと「なんだ?」とライオネルが反応を示す。
「なんだ、ライオネル。君は自分が朴念仁だと自覚しているんだな」
「おまえがいつも俺のことをそう言うからだろうが」
また二人のじゃれ合いが始まった。
「マーレ少将。ユースタス殿下にちょっかいを出すのはそれくらいにして、下におりてみましょう」
「はは、リーナ。君、面白いね」
「わたし、面白いことを言ったつもりはありません」
「うん、ごめん。君の言ったことは正論かもしれない」
アンヌッカが持っていたランプをライオネルが受け取った。
先頭はライオネル、続いてアンヌッカ、最後にユースタス。護衛という観点から考えれば、ユースタスを真ん中にすべきだろう。だが、ユースタスがそれを拒んだ。
「足元に気をつけろ」
ライオネルの言い方はいつもつっけんどんではあるものの、それでもアンヌッカやユースタスを気にしている様子が伝わってくる。
言葉は悪いが、心根はやさしい人物なのだ。もしくは、恥ずかしがり屋なのか照れ隠しなのか。
カツーンカツーンと、三人分の靴音だけ響くのは、いささか不気味でもある。
階段を下りきったところにもう一枚の扉があり、開けた先には小さな部屋があった。そして彼らが足を踏み入れた途端、その部屋はぱっと明るくなる。
照らされた室内は石材の壁が剥き出しにはなっているものの、床には絨毯が敷いてある。さらに机やら書棚やらが配置されていて、魔法の研究をするというのであれば、もってこいの場所だろう。
ざっと見た感じ、書棚にも貴重な魔導書が並んでいるようだ。
「これが三百年前のものとは思えないな」
ライオネルは手にしていたランプを、近くにあった机の上に置いた。
「そうですね。マーレ少将のおっしゃるとおりかと。この部屋、つい最近まで誰かが使っていた形跡があります。それに……」
アンヌッカはすぐに書棚を確認する。
「ここからここまでは、おそらく三百年前の魔導書などです。ですが、この棚のここ。これは、最近のものです」
「わかるのか?」
ユースタスの声がほんの少し大きくなった。
「はい。装丁が時代によって異なりますから。この装丁のこの部分は、最近の流行りの装飾ですね」
その対象となる書物を一冊、アンヌッカは取り出した。中身をパラパラと確認すれば、何かの記録簿のようにも見える。
「……これ、魔導書ではないですね。ただ、これはわたしが見てはいけないようなものだと思います」




