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第八章(5)

****


 カタリーナ・ホランは、定刻が来ると帰っていく。


 それは今日も変わりはない。


 だからこの部屋に残されたのは、ライオネルとユースタスの二人のみ。


「で? どうなの?」


 唐突にわけもわからないことを聞いてくるのはユースタスしかいない。


「何がどうなんだ?」

「君の新婚生活。もう、一年近くなるよね。一年過ぎたら、新婚じゃなくなるよ。まさか、まだ屋敷に帰ってないとか、そんなことを言うわけじゃないよね?」

「人の生活を心配している場合か? 俺のことはどうでもいいだろう?」

「どうでもよくないんだって。君の結婚は、軍とメリネ魔法研究所の結びつきを強くするもの。そう言ったよね?」

「結びつき。強くなってるんじゃないのか? カタリーナはよくやっている」


 ユースタスは深く息を吐いてから、椅子に背もたれに背中を預けた。


「君の奥さんが、リーナだったらよかったのにね」

「どういうことだ?」


 ユースタスの言葉の意味がわからないとでもいうかのように、ライオネルは目を細くした。それはもう、睨みつけるかのように。


「君だってさ。そろそろ自覚してるんじゃないの?」

「何がだ」


 先ほどからユースタスは何を言いたいのか。


「顔を合わせたことのない妻よりも、身近にいる女性に惹かれるのは仕方のないことかもしれない。だって奥さんを好きになる要素が一つもないよね? 会ってないんだから」


 だが手紙のやりとりくらいはしている。


 そんなに頻繁ではないが、彼女が何をしてどうやって過ごしているのかくらいは知っている。それはアンヌッカの手紙に書いてあるからだ。


「ほんと、君の奥さんも偉いよね。家に帰らない夫を待っているわけでしょ?」

「俺がいないのをいいことに、好き勝手やっているだろう」


 そうは言ってみたが、その言葉が事実ではないこともライオネルは知っている。


 アンヌッカは、メリネ魔法研究所で手伝いをしたり、使用人と一緒に菓子作りに励んだりしているようだ。以前は、東屋のテーブルなどを買い換えたいと手紙に書いてあったため、好きにしろとだけ返事をした。それから社交の場にはいっさい参加する必要はない、とも。噂好きな女性たちの格好の的になるのが目に見えているからだ。


 家にも帰らぬ夫に不満一つ漏らさず、こちらからの要望にも黙って従っている。それに、決して金遣いが荒いわけでもない。そういった噂もぐるりとまわって聞こえてくるものだが、彼女がドレスを用立てたとか宝石類を買ったとか、そういった報告もあがってこない。


 コリンズ夫人からの報告書にも、そういった内容は一切書かれていなかった。


「だけどさ。いい加減、一度くらいは奥さんと会って話をしなよ。君さ、結婚式だって当日になって逃げ出したわけだからね」


 逃げ出したわけではないと、何度もユースタスには言っているが、ユースタスから見れば、やはり逃げたように見えるのだろう。


 だけど、今となっては、アンヌッカとの愛を神の前で誓うことをしなくてよかったのかもしれないと、心のどこかで思っていた。


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