第一章(3)
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ライオネル・マーレは、王国軍に所属する軍人である。階級は大佐。彼が相手にするのは主に魔獣で、魔獣が現れたと聞けば部下を率いて討伐へと向かう。
魔獣討伐に魔導士は必要不可欠と言われているが、ライオネルにとって彼らは邪魔な存在でしかなかった。
魔獣が口から炎を吐いたとしても氷の粒を投げてきたとしても、それを避ければ問題ない。動きの鈍い魔導士など不要。
しかし、魔獣討伐には魔導士を連れていけと、上官は言う。それは魔獣が予想外の行動をとったときに、魔導士の魔法が役に立つからだそうだ。予想外の行動というが、魔獣の動きは分類化できる。それさえわかっていれば何も問題ない。
「……というわけでだ。また、苦情がきているんだよ」
バサッと書類の束を机の上に置いたのは、この国の王太子であるユースタスだ。
「わざわざ俺をこんなところに呼び出して、言いたいことはそれか?」
「こんなところって、相変わらず失礼な男だな」
ユースタスは大げさに肩をすくめて息を吐いた。
ライオネルが呼び出されたのは、ユースタスの執務室である。茶系統で整えられたこの部屋は、特に派手でも地味でもない。目の前にいる無駄に整った顔立ちの彼の雰囲気に合っているから憎らしい。
「なんだ?」
ライオネルがじっと見つめていたのが気になったのだろう。碧眼を細くして、見つめ返してきた。
「いや? これだけのことで……おまえも暇なのかと思っただけだ」
机の上に置かれたのは、ライオネルに対する苦情の文書だろう。しかも用紙の形式から推測するに、魔法研究所からの文書だ。
「暇ではないよ? 誰かさんが魔導士と協力する気ないみたいでね。わかる? この苦情の山。私はこれを一つ一つ確認して、彼らに謝罪してきたわけだ。この私が」
「そうか。それはご苦労だったな」
「あのさ、君。自分の立場わかってる? 私は王太子。次期、国王ね? 君はただの軍人。しかも大佐。私に文句を言うのは、総帥になってからにしてくれないかな?」
ライオネルの榛色の瞳が鋭くなる。
「そうやって、都合が悪くなると睨むのをやめてくれない? ただでさえ君の外見、不評なんだよね」
外見が不評と言われても、好き好んでこの顔で生まれてきたわけではない。
引き締まった一重の目元が人に威圧感を与えると、ユースタスからはよく言われている。さらに、少し長めの濡れ場色の髪も相成って、威圧感が増すようだ。
だからといって、ライオネルはけっして大柄な男ではない。細身であるが鍛えられた体格で、身長もユースタスより高いだけ。それを王太子は面白くないらしい。
「俺の外見は今さら変えることはできないな」
「いやいや、ちょっとこう、口角をあげて、にっこり笑ってみればいい。そうすればきっと、世の女性が君にも『微笑みの貴公子』という二つ名をつけてくれるはずさ」
その二つ名はユースタスにつけられている。
「俺の顔のことなどどうでもいい。それで、本題はなんだ? 本当にこんなくだらない話をするためだけに俺を呼び出したのであれば、おまえのそのきれいな顔をぶん殴るぞ」
「おぉ、怖い怖い。いい加減、そうやって力でねじ伏せようとするのはやめなさい。むしろ、八つ当たりだよね?」
まるで子どもをなだめるような言い方に、ライオネルも辟易する。だがイライラしていたから八つ当たりしていたのも事実。ライオネルが気軽に話せる人物は、ユースタスしかいない。
チッと小さく舌打ちをして、彼に向き直る。
「そういう素直なところだけは褒めておくよ」
そう言ったユースタスは、苦情の山の上に別の資料を置いた。
「まぁ、そういうわけだからさ、君。結婚してくれない? それが相手の女性ね。きっと、君も気に入ってくれると思うんだよね」
ライオネルは黙ってユースタスを睨みつけた。今の話の流れで結婚をすすめられるとは思ってもいなかったし、どこをどうとればそのような話になるのか理解できない。
「メリネ魔法研究所。知ってるよね?」
最近、魔獣討伐に同行する魔導士は、国家魔導士よりもそういった民間の研究所に所属する魔導士のほうが多い。
「あぁ。なんだ、そこからも苦情か?」
民間魔導士らは自分の立場をわかっているから、ライオネルとしては扱いやすい部類に入るのだ。何もするなと命じれば本当に何もしない。余計なことをするなと言えば手出しをしてこない。
我こそはとしゃしゃり出てくるような国家魔導士たちよりもありがたい存在だ。
「違う。ここは、金のためと割り切っている奴らだから、金さえ払えば文句は言わない。そこを渋ると、やられるけどな。って、縁談だと言ったじゃないか。この釣書のどこが苦情に見える? 老眼でも始まったんじゃないのか?」
聞きたくもない結婚という言葉から目をそらしたというのに、ユースタスはまた話を戻してきた。
「最近、メリネ魔法研究所が力をつけてきていてね。実力だけでなく、資金面でもね。このまま放っておけば、国家魔導士たちも飲み込まれるんじゃないかって、上が気にしている」
王太子の言う「上」とは、国王しかいない。つまり、国として懸念しているということか。