第八章(3)
「では、俺も一緒に行こう」
またアンヌッカの予想していない流れだ。
ライオネルに呼び出されたアンヌッカが、ライオネルを連れて研究室に戻ったとなれば、室内がざわりとざわついた。端からは、ライオネルがアンヌッカに対する苦情を言いに来た、ように見えるのだろう。
同情をはらむ視線が、アンヌッカにまとわりつく。
「ディオケル大尉。ちょっといいか? カタリーナ・ホランのことで相談がある」
「は、はい」
ピリッと空気が張り詰める。ライオネルが何を言い出すのかと、みな、気が気ではないのだろう。
それはアンヌッカも同じだ。
研究室に併設されている会議室に入り、ライオネルは手短に仕事について説明した。国の機密事項にかかわる魔導書をカタリーナに解読してもらいたいということ。そして、機密事項であるがゆえ、持ち出したができないため、ライオネルの執務室で仕事をこなしてもらう必要があると。
イノンは驚きつつも、それを断れる立場にはない。
「承知しました」と頭を下げたことで、この話は成り立った。
ライオネルはアンヌッカが荷物をまとめている側から、ひょいひょいと手にしていく。
「これで全部か?」
「は、はい……」
まるで追い剥ぎにあったような気分だ。アンヌッカの荷物はすべてライオネルに奪われてしまった。
「では、いってまいります」
しばらくの間だけライオネルの側で仕事をするのだから、きっとこの挨拶であっていると、アンヌッカは自身に言い聞かせる。
同じ軍の仕事だというのに、直接ライオネルから指示をもらうとなれば、やはり緊張はする。
二十ページの本だから、五日とかからぬうちに現代語に直せるだろう。だが、問題はその後だ。
「へぇ、励んでいるようだね」
アンヌッカがライオネルの執務室で魔導書の解読に励み始めると、この部屋には王太子ユースタスがやって来ることがわかった。しかも、頻繁に。
そのたびにライオネルが適当なことを言ってあしらおうとする姿は、見ていて少し面白い。二人のかみ合っているようでかみ合っていないような会話とか。
「リーナ、進捗はどうだい?」
そしてユースタスは、カタリーナとしてここにいるアンヌッカに対して、そうやって親しげに言葉をかけるのだ。
「はい。現代語にできたのは、半分ほどですね。明後日には終わると思います。ですが、現代語に直してからが本番なんですよね」
「そうだね。だが君は、料理と魔法が似ていると言ったのだろう? ライオネルが面白がって私に教えてくれてね」
彼がそのような話を覚えていたのは意外だったし、ましてそれを他人に伝えるというのも予想外のことだった。
「そういった考えは大切でね。似ていると感じるのは、そこに何かしら共通点があるからなんだよ。その共通点を探れば、そこから見えてくるものはあるだろう?」
ユースタスの言うとおりだ。
料理と魔法が似ているのは、一つ一つは簡単に手に入る素材。つまり、簡単に使える魔法。そこにいかにして手をくわえて複雑にしていくか。魔法であれば、基本の術式の組み合わせによって別の効果のある魔法が生まれ、この基本的な組み合わせについてはどの魔導書にも書かれている。
それは古代魔法にも言えることだが、ただ古代魔法は材料となる術式が現代魔法と異なる。そのため、現代では火を放つとか風を起こすとか、そういった攻撃的な魔法になるところを、古代魔法では土壌を豊かにするとか、水を浄化するとかの魔法となる。
ライオネルはこの魔導書を読み解けば、王城の隠し通路への入り口がわかると言っていた。しかしこの王城はさほど古い建物ではない。それはこの国の成り立ちにも関係することで、周辺の六つの公国が一つにまとまってブラックソーン国となったのは、およそ三百年前。そのときの象徴として建てられたのがこの王城でもある。
そのときに隠し部屋を作って、魔法によって封印したというのであれば、その時代の魔法を使うのが手っ取り早い。となれば三百年ほど前の魔法。現代と古代が交じったような魔法だ。そうやって魔導書が書かれた時代背景も魔導書を読み解くヒントになる。
古代文字を現代語に直すのは、五日もあれば終わったのだが、その結果、魔導書に書かれていたのが本当に料理のレシピであったことはわかった。
「というわけで、料理の本でした」
現代語に解読した資料をずらりと机の上に並べてみたものの、ライオネルはがっかりしたかのように項垂れている。だが、ユースタスは難しい顔をして、それを眺めていた。
「なぁ、ライオネル。これを見て、料理ができるか?」
「んあ? 俺は料理なんぞできるわけがない」
「そうじゃなくて。君だって、軍事訓練では野外で煮炊きくらいはするだろ?」
「まぁ、それくらいなら、やるな」
「だったら、これを見て変に思わないか?」
ユースタスの言葉にアンヌッカも興味が湧いた。
どこが変だと言うのか。
「……あっ」
おもわず声が漏れて、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
「リーナも気がついたか?」
にたりとユースタスが笑う。
「なんなんだ、いったい」
まだ気づかぬライオネルは不満げな様子。だが、それでもじっくりと資料を読んでいけば、彼の顔もさっと変わる。
「なんだ? これは……材料を切ってばかりだな」




