第六章(4)
『魔法研究部門の上官たるものが、これくらいの古代文字すら読めないただなんて、恥ずかしいとは思わないのですか? いくら古代文字が苦手であったとしても、単語の一つや二つ、覚えたって損はないですよね? 子どもたちだって、外国語で「こんにちは」と「さようなら」くらいは、言えますよね?』
その言い分に反論できなかった。実際、学校に通うような子どもたちは、何かの歌から外国語の挨拶くらいは、覚えている。
『ということで、ここで古代文字クイズです』
いきなり日誌に、すらすらと古代文字を書き出した彼女のペン先の動きから目を離せなかった。
『なんて書いてあるかわかります?』
『わからん』
まるでにょろにょろとした蛇にしか見えなかった。
『ライオネル・マーレ。マーレ少将の名前は古代文字でこう書きます。あ、一般的な古代文字です。ゾフレで使われる古代文字ですと、ここがちょっとこう変わるんですよね』
そう言って、今書いたにょろっとした字の下に、今度は角張った文字を書く。
『基本的なところは共通しているのに、こうやって各地区で文字を変えたのは、各地区が手を結んで、神に反乱を起こすのを防ぐためだったとも言われていますね』
『どういうことだ?』
『神話のようなものです。古代文字は現代語に比べて、種類が多いんですよね。それは神が古代人の力を恐れたとか、そんな話です。つまり、小さな力であってもまとまれば驚異になるってことですね』
からっと明るく語るカタリーナだが、それが各国で使用する言語が異なる成り立ちとも言われている。
今となっては、共通語も確立されているから、ブラックソーン国では共通語を使用する者が多い。
とにかく、日誌を提出してすぐ帰ればいいものの、カタリーナは何かとライオネルにちょっかいを出してくるのだ。どこか、ユースタスに似ているところがあるのかもしれない。
そう思いつつも、彼女が日誌を出しに来ない日があると、何があったのかと不安になったのも事実。
それをイノンがやって来たときに尋ねれば、彼はおどおどした様子で、カタリーナは休みだと伝える。
休みならば仕方ない。だが、なぜ休んでいるのかとか、今度はその原因が気になった。
とにかく、カタリーナがやってくる夕方のほんの少しの時間が、悔しいことにライオネルにとっても楽しみになっていたのだ。
休み明けカタリーナが日誌を提出して帰ったあと、彼女の書いた日誌を初めから読み直すことにした。彼女が来たばかりの頃は、いや、他の者の日誌もそうだが、必要事項さえ書いてあれば、中身について言及することはない。
カタリーナの日誌は、どのページも手抜きされることなく事細かに書かれている。
そして彼女が言うように、これをひととおり読めば、簡単な古代文字が理解できるようになっていた。
だからつい、その日は『よくできている』と古代文字で返事を書いてしまった。
なんの気まぐれかはわからないが、古代文字が理解できたこと、書けることを彼女に見せつけたかったのかもしれない。
いや、対抗心だ。
そもそもライオネルは古代文字に興味はなかった。魔法そのものを好いていない。あれは人の意思を奪い、拘束し、操る恐ろしいもの。
そんな魔法が嫌いなライオネルですら、古代文字を理解できるようになったのだと自慢したかったのだ。
まんまと彼女のペースにのせられたなと、今になっては思う。
だけど、それが彼女の魅力なのだろう。彼女のおかげで、あの研究部門の彼らの士気もあがった。
古代文字を解読できたと喜ぶ彼女の姿を見た彼らもそれに触発され、わからないところはカタリーナに聞くようになり、カタリーナも彼らの助けを借りることもあった。
結果、彼らの仕事の効率もよくなり、単位時間当たりに解読できる魔導書の数も増えていく。
やはり、彼女はあの魔法研究部門にとっても必要な人材なのだ。
このまま契約満了となって、彼女を失ってしまっては、軍の損失だろう。
ライオネルはきつく拳を握りしめる。




