第六章(3)
「大事? 心にもないことを言うな。気色悪い」
「あ? バレちゃった? そうそう、忘れ物をしたのだよ。それを取りに来たんだった」
「そうか。だったらその忘れ物を手にしたらさっさと戻れ」
「相変わらず、冷たいね」
ユースタスは、ライオネルがたった今集めた書類を、ひょいっと手を伸ばして奪い取った。
「カタリーナ・ホランだっけ? 彼女が解読した魔導書の中身。これをきちんと読んでおこうとおもってね。ところで、君はこれを全部、読んだのかい?」
「まだだ。量が多すぎるのと、そもそも魔法は専門外だ。書かれている内容はわかるが、理解が追いつかん。だからこれは、魔導士らに預けようかと思っていたところだ。あっちのほうが、この術式を有効活用してくれるだろう。それに控えは研究部門で保管してある」
「まあね。術式の応用は魔導士らに。ただ、内容の整理は軍で行ったほうがいい。情報が分散すると、あとで参照するのが大変だからな」
ユースタスの言っていることは正しい。情報は一元管理しておかないと、必要なときに必要な情報が取り出せない。
「となれば、やはりカタリーナ・ホランは必要だろ? あの子は古代文字だけでなく、古代魔法全般にも精通しているという話だ」
どこから情報を仕入れたのだろうか。
「なるほど。カタリーナ・ホランという存在そのものが、驚異というわけだな……」
ライオネルがぽつりと呟く。
カタリーナの知識を他国や反王国組織に利用されたらと考えると、厄介である。
「そういうことだ。だから頼んだよ、ライオネルくん」
ライオネルの肩をポンと叩いたユースタスは部屋から出ていった。
閉じられた扉を見て、ライオネルは肩を上下させて息を吐いた。
カタリーナ・ホラン。不思議な女性だ。いや、人間である。
そもそも軍に所属する彼らは、必要以上にライオネルに絡もうとはしない。それは魔法研究部門の部門長であるイノンも然り。
あの魔法研究部門は、軍の通常任務は務まらないだろうと体力的に問題のある者たちを寄せ集めた部門でもある。辞めさせるには惜しい者たちばかりを集めたため、頭の回転はそれなりに早い。
しかし彼らにだって得手不得手というものがあり、特に古代文字については得意とする者が少ない。資料などを与えれば人並みに解読はできるといった感じで、その量が増えれば増えるほど彼らの負担も増える。仕事と割り切っている彼らだからこそ、効率を重視するし、優先度の高い重要な案件から取り組んでいく。それは正しい仕事のやり方だ。
だが、そうしていくうちに壁にぶち当たった。
あるものを利用することはできる彼らだが、その分野での新規開拓ができない。ゾフレ地区の魔導書は、今まで彼らが見てきた古代文字と異なるというのが彼らの見解であり、魔導士らも口を揃えてそう言った。
ここでつまずかれてしまうと、他の案件にも影響が出るということで、彼らには彼らができるものを、そしてゾフレ地区の中でも彼らが放り投げた魔導書をメリネ魔法研究所に依頼したというわけだ。
特に今回の禁帯本は古いもので、かつ貴重で見たことのない古代文字が数多く使われているとのことだった。
研究部の人間や魔導士の彼らですら根をあげるあの魔導書を、カタリーナという女性は非常に楽しそうに取り組んでいた。彼女が言うには、知らない古代文字と出会い、それがわかった瞬間に世界が広がるというのだ。
その感覚がわかれば、きっとみんな、古代文字が好きになる、というわけのわからない持論を展開し、好きの押しつけをしてきた。
彼女の日誌は、仕事の進捗状況は事細かに記載され、明日から他の者にかわっても迷わないような、そういった配慮もされていた。そして最後に書かれているのは、ライオネル宛の文言だ。
最初はくだらない古代文字クイズだった。もちろん、無視をしてただ押印だけ済ませる。
すると次の日、日誌を提出しに来た彼女が、身を乗り出して詰め寄るのだ。




