第四章(6)
魔獣が魔塔に逃げ込み、それを討伐した際に、隠されていた地下室が発見されたのだ。こうなれば軍が入って、中身を確認せねばならない。崩れる恐れがないかなど、安全が確認できたところで人を入れる。そこは魔導書の宝庫だった。しかも、五百年から千年ほど前の魔導書のようだ。この魔導書らを解読するためには時間がかかるため、まずはこれを外に運び出すことにした。
運び出されたものから、内容の確認に入った。数百年前のものだといっても、すべてが古代文字で書かれているわけではない。まずはそういったものから中身を確認し、大まかに振るいにかける。
そして古代文字で書かれているものだけが残り、今、軍の魔法研究部が総出で解読している。しかし、その魔導書の数が膨大であるため、一部は外部委託し、その委託先がメリネ魔法研究所だったというわけだ。
それはもちろん、ライオネルがそこの所長の娘と結婚したというのも理由の一つだが、そうやって定期的にメリネ魔法研究所に仕事をおろすことで、軍とのつながりをより強固に、そして他の仕事を受け入れられないように、ガチガチに縛り付けてやろうという魂胆も隠れている。
とにかく、魔獣討伐の責任者としてのライオネルだが、その魔獣討伐の副産物についても、ライオネルの指揮下に置かれることになったのだ。
はっきりいって、いい迷惑だ。
だが、命令であればそれに従う必要がある。仕方なく魔法研究部の彼らと組んでいるだけ。
「会ってないって……いったいどんな新婚生活を送っているわけ? すでに家庭内別居?」
「家庭内別居というよりは、完全に別居だな」
「はぁ? もしかして、君。家に帰ってないのか?」
ユースタスの問いに答えなかったことで、それは肯定として受け取られたようだ。
「え? 本当に? ライオネルさ~、何やってるの? それじゃ、奥さん。愛想を尽かせて出ていくんじゃない? 君、この結婚の意味、わかってる?」
「わかってるからこそ、帰っていない」
「どういうことだ?」
面倒くさいやつに捕まってしまったという気持ちを、ライオネルは隠すつもりはない。
「言葉のとおりだ。今のところ相手が逃げる気配もない。定期的に手紙のやりとりはしているからな。そういった意味ではおまえの希望どおりの円満だ」
「それって円満っていうのか?」
情けない声色をあげたユースタスは、信じられないとでもいいたげな感じで頭を左右に振った。
「円満だろう? そうでなかったら、あの研究所がここに人を派遣するか?」
ライオネルの指摘に「それもそうか?」と呟くものの、それでもユースタスは不安げに見つめてくる。
「ライオネル、君さ。結婚式当日も逃げたよね」
「逃げたわけではないだろう? 魔獣が現れたとなれば、すぐに軍をまとめて現地へ向かう。それが軍人としての責務だ」
「で、帰ってきてからも花嫁さんとは会っていないわけだ」
「会う必要があるのか? 俺たちの結婚は陛下からの命令だ。それに従っただけだ」
何を言っても無駄だといわんばかりに、とうとうユースタスは頭を抱え込む。
「まあ、君に夫婦の愛情だのなんだのを期待した私がバカだった」
「期待していたのか?」
「いや、まぁ、半分くらい? 結婚したら君も丸くなるかなってね」
ふん、とライオネルは鼻から息を吐く。
「まあいい。君の管轄に面白い子が入ったから、当分は楽しめるかな」
「面白い子?」
「さっきの子だよ。メリネ研究所から派遣された子。君が逃げ腰になった姿を見たのは、初めてだな」
先ほどまで悩んでいたユースタスだというのに、今度は笑い出す。本当に情緒の激しい男だ。
「さて、と。私もそろそろ戻ろう。わかっているとは思うけど、さっきの子が辞めるようなことはしないようにね」
「辞めるようなこと、だと?」
「そうやって睨むことだよ。魔導士団からも苦情があがってきたし。君の部下からも、特に研究部門にいる彼らからは、異動させてほしっていう嘆願がたくさん届いているくらいだからね。部下に好かれないと、足元をすくわれるからな」
ふん、ともう一度鼻から息を吐いたライオネルは「しっしっ」と虫でも払うかのように手を振ってユースタスを見送った。




