第四章(5)
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「なんなんだ、あの女は。そしてなんでおまえがここにいる」
ライオネルはイライラしていた。その原因は二つある。
一つは、あのカタリーナ・ホランという研究所から派遣されてきた外部の人間だ。ゾフレ地区で発見された古い魔導書。その解読を軍で行おうとしたが、研究部門の彼らが根をあげた。だからといって、魔導士団に依頼するのはお門違いというもの。
軍の魔法研究部門と魔導士団ではその役目が異なっているからだ。となれば、助けを求める先が民間の研究所となり、それはメリネ魔法研究所しか思い浮かばない。
ライオネルがあれほど民間の研究所に頼むのを反対したというのに、目の前のユースタスの一言で、そこに依頼することが認められた。
そしてやってきたのが、カタリーナだったというわけだ。
他の者と同じように、ライオネルの姿を見てびくびくしながら日誌を突き出してくれればよいものの、いきなり魔導書やら古代文字やらについて熱く語り出した。
はっきりいって、ライオネルは魔導書にも古代文字にも興味がない。むしろ魔法が嫌いだ。だから魔獣討伐ですら魔導士の同行を拒否するくらいだというのに。
そしてイライラする原因のもう一つ。
間違いなく、人の執務室で勝手にくつろいでお茶を飲んでいるユースタスだろう。王太子という身分を利用して、こうやって好き勝手ライオネルの部屋へとやってくる。
「どうしかしたか? そんなに私を見つめて。奥さんのことでも恋しくなった? いいんだよ、帰って。君だって新婚だろう?」
「うるさい。ここは俺の部屋だ。定刻の鐘はとっくに過ぎている。おまえこそ帰れ」
「ひどいな。何度も言っているだろう? 私は君の上官。私は君の雇い主。文句があるなら辞めてもらってもいいんだよ?」
ユースタスがわざとそう言うのは、ライオネルが軍を辞めないことを知っているからだ。
ちっと舌打ちをしたライオネルは、書類に視線を落とす。
魔獣討伐から戻ってきて、待っていたのはこの書類の山だった。
地位が上になればなるほど、現場に立つよりもこういった書類仕事が多くなるのは仕方ない。そしてライオネルも、書類は書類でも魔獣に関する書類であれば苦にならない。それは魔獣の名称から始まり、特徴、分類、討伐の仕方などが書かれたもの。魔獣討伐の内容を資料としてまとめることで、次の討伐に生かすのが目的だからだ。
しかし、ここにある書類はそれとは異なる。軍の予算に関するもの、今後の行動計画書、国民からの嘆願書なり陳情書なり、さらに、部下たちからの報告書。納期順に並べてみたとしても、次から次へと書類がやってくるからなかなか減らない。
ライオネルの仕事だってこの書類をさばくことだけではない。昼間は部下らに訓練をつけ、自身も鍛錬に励む。そしてそれの合間にこうやって書類に目を通す必要がある。
そうなれば圧倒的に時間が足りない。仕事の量とそれにかける時間のバランスは崩れている。となれば、少しでも空いている時間にこの書類をさばかなければならない。
寝ている時間以外は、食事の時間であっても仕事にかけるようになった。その結果、家に帰る時間すら惜しいと感じるようになる。だから魔獣討伐から戻ってきたものの、家には帰っていない。
「で、なんの用だ。見ればわかるだろ? 俺は忙しい」
「ん? 君のところにきた新しい子に会いに来ただけだよ。今日が初日となれば、定刻になったら君のところに来るだろうと思ってね。私の考えはドンピシャ当たったというわけだ」
悔しいことに、ユースタスは昔から勘がよいのだ。
「で、さ。君、あの子のこと知ってるの?」
「なんだと?」
忙しいとライオネルが言ったばかりだというのに、ユースタスは帰る気はなさそうだ。仕事の邪魔をしに来たのかと疑ってしまうほど。
「いや、だってあの子。君の親戚筋になるわけでしょ? 奥さんから聞いてない?」
「会ってないからな」
結婚式当日の朝、ゾフレ地区に魔獣が出たという報告を受け、婚礼用衣装に袖をとおす前に軍服に着替えた。すぐさま、部下らを招集しゾフレ地区へ向かったのが半年前。
三か月ほどゾフレ地区に滞在し、魔獣が襲ってくる恐れがなくなってから、幾人か人を残して軍を引き上げた。人を残したのは、ゾフレ地区にある魔塔の確認のためだ。




