表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/51

第三章(6)

****


 軍指令本部。


 王城と同じ敷地内にあり、軍人である彼らが訓練に励み、常駐している建物だ。

 荘厳な王城とは反対の外観は、ごつごつとしてどこか厳めしさがある。その建物の二階の奥にある会議室に、ライオネルの声が響く。


「部外者を入れるのは、言語道断。情報漏洩の危険性が高まる」

「で、ですが……この魔導書は、私たちだけでの解読は難しく……」

「だからって、民間人を頼るのか? おまえたちにプライドはないのか!」


 その一言で、室内はシンと静まり返った。


「その魔導書の解読をするのがおまえたちの仕事だろ? 自分の責務を全うしろ」


 そこに、パンパンと手を叩きながら割り込む人物がいる。


「はいはい、マーレ少将、落ち着こうか?」


 飄々とした口調の男は、その顔を確かめなくても誰であるかなど容易にわかる。


「ゆ、ユースタス王太子殿下……」


 その場にいた一人が、ぽろっと名を口にしたことで、ライオネルを除いた全員が一斉に頭を下げた。


「いやぁ。マーレ少将の声がね、外まで聞こえてきたから。つい、気になってね」


 ライオネルは目を細くしてユースタスを睨みつける。


「おぉ、怖い、怖い。そうやって、威嚇するの、やめてくれるかな? 結婚して丸くなるっていうけど、どうやら君はそれに該当しないようだ」


 ライオネルとユースタスのやりとりを、ヒヤヒヤしながら見守っている彼らの気持ちが伝わってくる。


「なんだ? 急に現れて」

「君ね。もう少し私を敬うとか、そういう気持ちはないのかな? 一応、私は君の上司になるわけだ」


 国軍はその名の通り、国に忠誠を誓う存在だ。


 ライオネルは舌打ちしたくなるところを、ぐっと堪えた。ユースタスと二人きりであれば、間違いなくそうしていたが、今は会議中だ。


 ユースタス以外の上官もいる。ただ彼らも、ライオネルの怒号に気圧されていた。

 そして目の前のユースタスは、ライオネルのこういった気持ちを見透かし、楽しんでいるのだ。となれば、やはり舌打ちしたくなる。


「それで? 君は何を騒いでいたのかな? 外まで聞こえるくらいに。ここは会議室。話し合う場であって、怒鳴り合う場ではないはずだ」


 先ほどまで半べそをかきそうだった隊員の一人は、ユースタスが味方だと悟ったのか、水を得た魚のようにいきいきし始めた。


「は、はい。私のほうから報告してもよろしいでしょうか」


 そう言って手をあげたのは、軍の魔法研究部門に所属する隊員の一人。剣術は人並み以下だが、頭が切れることもあり研究部門に配属した。


「君は……その制服から察するに研究部門の人間だね」

「は、はい。魔法研究部門の第一チームのチーム長、リダーク少尉です。ゾフレ地区の魔導書の解析を担当しております。ですが、古代文字で書かれており、我々だけでは解読が難しいため、メリネ魔法研究所の力をお借りしたいと、そう進言したところであります」

「ふ~ん。それって、自分たちが無能だって言っていることになるんだけど、それで合ってる?」


 リダークの言葉を湾曲してとらえれば、そう解釈もできるだろう。こういったところが、ユースタスを敵に回したくないところでもある。


「は、はい……我々の力不足で申し訳ございません」

「自分の実力を認めるって、なかなかできないことだよ。そういう素直なところは、君にも見習ってほしいな」


 ユースタスの視線の先にはライオネルがいる。


「そんな素直な君の頼みだ。いいんじゃない? 使えるものは使おう」

「殿下!」


 すぐにライオネルは声をあげる。


「彼らが解読している魔導書はゾフレ地区の魔塔の地下に隠されていた魔導書だ。それを民間の手に渡すとは……」

「だけど、メリネ魔法研究所には過去にも依頼しているよね。同じゾフレの魔塔から持ってきた魔導書の解読」

「あれは、古いだけのものだ。内容を他者に見られても問題ないと判断した。だが、今回の魔導書は禁帯本だ。魔塔から運び出すためにも、封印を解いて持ってきた」


 禁帯本とはその所有する建物内での閲覧が可能な本のこと。特に魔塔に保管されている魔導書は、持ち出せないように封印を施されている。だから禁帯本だとすぐにわかったのだが。


「だけど、ここの研究部での解読は難しいのだろう?」

「は、はい……申し訳ございません。禁帯本なだけあって、使用されている古代文字が複雑過ぎて……こちらの資料だけでは解読ができず……かれこれ二か月ほど調べてはいるのですが……」

「以前、メリネは十日で解読してきたよね。あれだって禁帯本でなくてもゾフレの魔導書だ。それをいとも簡単にやってのける人物が、あそこにはいるってわけだ。興味深い……」


 ユースタスが右手で顎をさすり始めたのは、何かを企み始めた証拠でもある。その企みがいいものであった試しなど一度もない。それに散々振り回されてきたのもライオネルなのだ。


「本が持ち出せないなら、来てもらえばいいんじゃない?」


 ライオネルはひくりとこめかみを震わせる。


「メリネ魔法研究所から、軍の研究部門に人を派遣してもらおう。そうしよう。確かメリネは、そういった人物の派遣業務もやっているよね。魔獣討伐ではかなり世話になっているはずだ。誰かさんのせいでね」


 ひくひくひくっとライオネルのこめかみは震えたままだ。


「ほ、本当ですか?」


 先ほどまで半べそかいていたリダークは、今度は違う意味で泣きそうになっている。


「ああ、問題ない。私の名前でメリネ魔法研究所には打診しよう。それに、皆も知っているだろう? マーレ夫人はメリネ魔法研究所の身内だからね。きっと快く引き受けてくれるはずさ」


 そのための結婚だったのだからね。と、ユースタスの心の声が聞こえてきそうだった。


「……好きにしろ」


 ここまできたら、ライオネルに止める権利などない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ