第94話 略してT・P・P!!
「遅かったじゃない! 待ちくたびれたんだからね! 私のお腹と背中がくっついちゃったっらどうすんのよ! そうなったら聖歌隊引退するハメになっちゃうんだからね!」
うん。確かに遅くなったかもしれない。ファルとちょっと話し込んでいたし、パンを手に入れてからも一悶着あった。パンに色々と工夫を盛り込んでいたのだ。この我が儘娘をギャフンと言わせたかったってが動機だ。
「あー、はいはい。とりあえず先輩落ち着いてくっさいよ。パンを差し上げられませんよ?」
「早く寄越しなさいよ! 早くしないと手遅れになっちゃうから!」
手遅れ? もう既に手遅れなのでは? 特に頭の方が。それは冗談として、とっくに我慢の限界を超えてるみたいな雰囲気である。ホントに食いしんぼでいやしんぼな先輩である。近くのテーブルを見ると何かの包み紙とかのゴミが散らかっている。明らかに何か摘まんでたってが良くわかる。やれやれ。
「これがご所望のパンでございま……、」
「そんなのはいいから、早く寄越せ!」
パンを差し出そうとしたら、パンを強引にふんだくってきた。どういうパンなのか説明しようとしたのに。まるでスリの常習犯みたいな手口だった。どんだけ食い意地張ってんだよ。
「んがっ! んふぅっ!」
「なんか、猛獣みたいにむさぼってんな。」
「絶対、ファンの皆さんには見せられないシーンですよ。絶対幻滅しちゃう。」
パンを食う姿は正に猛獣のごとしだった。俺から見ても相当アレなのに、同性のメイちゃんから見てもコレはアウトなようだ。こんなのをファンが見たら発狂、もしくはショック死なんてのもあり得るかもしれない。
「人気アイドルをプロデュース! 通称タニシ・プロデューヌ・ぷろじぇくとっ! 略してT・P・P!!」
(ガチャ!!)
先輩の食いっぷりを眺めていると、追い出された後に戻ってきたタニシが部屋に入ってきた。何やらご機嫌な様子で意味不明な事を言いながら入ってきたが……、最悪のタイミングだと言えた。
「ハッ!? タニシ!? 今来たらイケナイ! さっきとは違う意味で退出をオススメする!」
「しょ、しょぎゃわわーーーん!!!」
遅かった! タニシは見てはいけないシーンを目撃してしまった。前々からプリメーラの事を知っていて、ファンならば絶対見たら致命的なダメージを負いそうな場面を目撃したのだ。これはイカン! タニシの繊細な精神は崩壊してしまいかねない! なんとかせねば!
「ええい、ままよ! 極端派奥義、絶意卒倒!!」
要するに気を失わせるための手刀! 即席の奥義でタニシの首筋に手刀を打ち、卒倒させた。即座に気を失ってしまえば、直前に見たことなど忘れてしまうだろう。多分な。
「ふう! なんとかなったな。これでヨシ!」「良くないですよ。タニちゃんは見ちゃいましたから。心への傷は消えないと思いますよ。」
「ま、まあ、それは意識を取り戻す前までに考える事にしようよ!」
手前ミソ感は半端ないが、ショッキングな場面を見る時間がなるべく少なくなっていた方がそのダメージも少ないはず! 多分な!
「お、おい……。」
「んあ? ど、どうした急におとなしくなって?」
今まで猛然とパンを食べていたプリメーラはある程度食べたところで固まっていた。おまけにプルプル小刻みに震えている。何かマズい所でもあったか? 嫌いな食材が入っていたとか?
「うま、うま、うま……、」
「うま? ウマがどうかしたか?」
「うーまーいーぞーーーっ!!!!」
(ボガァッ!!!)
「ぎょわあっ!?」
叫びながらぶん殴ってきた! なんか脈絡もないことを言い始めたと思ったら、あまりのうまさに感動して、それを表現しただけのようだ。しかし、このリアクションはどこかで見たことがあるような……。表現としては面白いのかもしれん。だが、身近にいる人間にとってはただの迷惑でしかなかった!
「ウマイじゃないか、この野郎!」
「今は野郎じゃありません! 心の中は野郎だけどな。」
「斬新だ! なんでこんなウマイ物を見つけてきたんだ! 店を教えてくれたら毎日毎時間通い詰めてやるぞ!」
「だってそれ、店じゃ売ってないぞ。俺が作ったんだからな。」
「何ぃーーっ!?」
そう! 俺がパン屋で買ってきたパンにゆでて味付けした麺…パスタを挟み込んだ、“パスタ・パン”なのである! ホントは祖国の拉麺を使いたかったのだが、代用品を使った。……今気付いたけど、タニシ、興奮するプリメーラにめっちゃ踏まれてる……。