第93話 次期勇者の有力候補
「あの女について少し情報を仕入れた。アイツは聖女直々にスカウトを提示しに行くほどの逸材だったそうだ。」
「あんなじゃじゃ馬娘を? 聖歌隊に入る前から聖女様に目を付けられていたのか。」
最初聖女様のお気に入りって話を聞いたときは大した逸材なんだろうなと思っていた。しかし、一旦身近な存在、後輩になってみたら、そのイメージは崩壊した。割と横暴で後先考えない行動が目立ち、気分屋で我が儘放題といった、絵に描いたような問題児だったのだ。
「大体、聖歌隊ってのは自ら志願、もしくは他薦で入隊するもんなんだが、アイツだけは異例中の異例ってことさ」
で、そんなじゃじゃ馬娘の教育係みたいな感じで俺は押しつけられたのだ。ファルの話では法王庁の陰謀が疑われているという事実が判明し困惑している。
「実はお前が現れるまでは次期勇者の有力候補の一人だったんだ。法王庁側としても身内から勇者が輩出されるってことで躍起になっていたのさ。」
「ほへー! カレルの次はアイツってのはほぼ確定してたってワケだ。それでもまだ諦めてないから強引な手段を用いてきたという流れなワケね。」
有力候補の一人? ってことはアイツ以外にも何人か候補がいたということになる。俺の知らないところで、お株を奪われた人間が何人もいたってことか。先代のカレルから直々に譲り受けたとはいえ、本来予定のない人間にその座が渡ってしまったのは、彼らからしたらたまったもんじゃないと言えそうだ。人知れず恨みを買っていたのかもしれない。
「実はな、カレルの死は仕組まれた陰謀だったという説がクルセイダーズ内で有力視されているんだ。」
「カレルの死が陰謀? ありゃただのヴァル・ムングの野心が引き起こした事件ってだけでは? ヤツ自身もそれは否定してなかったし。」
「あの男自身も野心はあったろうさ。常々、勇者を凌駕する存在になると宣言もしていた。だがヤツ自身の野心すら利用されていたとすればどうだ?」
ヴァルは昔からカレルとライバル関係だったみたいだし、お互いの実力を認め合っていた。そんな関係だというのに、カレルの命を奪った。俺は最初、その事実に何も疑問に感じたことはなかったが、近頃になってその考えが変わってきたのだ。何か動機が不自然だな、と。
「お前、七賢人って連中の事を知っているか?」
「いや、知らない。 なんだそれ? なんか四天王とか八傑衆みたいな新手の勢力?」
「この世界じゃ、一定の権力者や実力者くらいしか知らない、都市伝説に語られる存在さ。世界を有史以前から操り、運営しているっていう集団のことだ。」
「そんなのホントにいるの?」
「実体が掴めないから都市伝説になっているんだ。そのメンバーとされる人間は過去に何度もいたのは事実なんだがな。」
世界を裏から操っている勢力……。俺の国でもそういう存在は噂レベルで聞いたことはあったが、どんな国でもそういう話はあるんだな。大体そういうのは古代文明とか古代王朝の末裔が中心になって動いているとされるものだが、果たしてこの国ではどういう連中なのか? 気になるところだ。
「フェルディナンド、ヤツもその一人だったってのは通説だ。」
「アイツが? それで世界をどうこうって言ってたのか。元から支配する立場の人間だったとは!」
「ヤツだけじゃない。法王庁の要人も絡んでるってのは昔から言われている。少なくともヴァルは法王庁やフェルディナンドと対立していたという噂があるのさ。」
ヴァルが目の敵にするのもなんとなくわかる。ヤツ自身も世界を支配するつもりはあるようだから、覇道を突き進む上では最大の障害になり得るだろう。
「ヴァルと勇者カレル、そして竜帝。七賢人はこの三名が共倒れになることを画策していた可能性が高い。七賢人にとって竜帝や勇者ってのは都合が悪い存在だったわけだ。」
「サヨちゃんのお父さんとも仲が悪かったのか。そんな有力者をまとめて葬ろうだなんて、大それたことをやらかす連中なんだな。」
「ヴァルは“血の呪法”の知識をどこからともなく手に入れ、我が物としていた。実はその知識を手に入れる様に仕向けたのも七賢人なのではってのがもっぱらの噂だ。使うだけ使わせておいて、邪魔になれば禁呪法を使ったって事で糾弾する口実にも使えるから、最初からそのつもりだったんだろうぜ。」
まんまと利用されていたとはな。ヤツとしちゃあ、うっかりだったな。でもそのままでは終わらないのが、ヤツの逞しいところなんだが。
「その事件で勇者を葬り、自分たちに都合のいい勇者を祭り上げてしまえば運営をスムーズに行うことが出来る。そう考えていたと見ればしっくりくるだろう? それがヤツらの計画だったんだ。」
俺が勇者となった影でそんな陰謀が動いていた可能性があるのか。そりゃ煙たがれるワケだ。異国からやってきた異分子、邪魔者、それが俺に対しての認識なんだろうな。