第81話 抜かぬなら、抜かせてみせよう、勇者ロア!
「いやいや、遠慮します!」
「勇者とあろう者が遠慮すると言うのかな? 是非ともイグレス卿を破り、大武会を制したともいう実力にお目にかかりたかったのだ、私は!」
やっぱ、内部の人間としては実力者のエドを倒した噂は気になるのだろう。極秘任務とかなんとか言っていたが、無理矢理、俺とやりあう理由を作り出した辺り、相当待ち望んだ機会なのかもしれない。
「そんな無茶苦茶な理由なんかで無闇に戦うわけにはいかないんだよ。」
「では、理由その2を提示しようではないか! それは貴公があまりにも臭いからだ!」
「く、臭い!?」
「あー、確かに。コイツ、山盛りの刻みニンニク食ってたからな。迷惑行為を働いたようなもんだ。あきらめな。」
臭いから…だと? 確かにあんなにニンニクを食べてしまったから仕方ない! すっかりファルまで便乗して俺を叩きに来ている! いや、仕方ないのか? 食べたくらいで喧嘩を売られるモンなんですかねぇ? 物を売るってレベルじゃねえよ!
「でも断る! 臭いくらいで罰ゲーム受けないといけないのは理不尽だ!」
「では禁断の…理由その3を提示せねばなるまい! 貴公は美しくない!」
「……は?」
「あー、確かにブサイクだわ。しょっちゅう、馬鹿面してるから、顔が緩んで無様になってるんだ。あきらめな。」
「こらー! ファル! お前まで便乗して俺をディスってんじゃねーよ!」
「本当の事を言って何が悪い?」
「ぐぬぬ!」
ちくしょう! だんだん俺をディスるための場になってきてないか? 最早、決闘開始前に攻撃を受けているようなもんだ! 精神攻撃なんて姑息な真似を!
「その3は中でも重要だ。美しき者に正しい精神は宿る。美はカリスマ性の象徴だ。皆の前に立つ存在であれば必須条件として備えているものである!」
「美形なのが必須条件って聞いたことないんだけど?」
人の前に立つから美しさは必須? 確かに目を引くという意味ではあっているかもしれない。とはいえ、それだけでは成り立たないのが勇者という立場なんだがな?
「美しさは磨くことは出来る! それが聖女様のお考えだ。だが、同時に生まれ持った物次第ではうまく行かないことも十分理解しておられるのだ! それがこの世で最も慈悲深い、聖女様のご理念なのだよ!」
美しさへのこだわり、これはコイツ自身の考えでもあるようだが、聖女様の受け売りでもあるようだ。この様子だとこの男は崇拝に近い形で聖女様に忠誠を誓っているのだろう。狂信者というレベルかも。
「足りぬのならば、他の技能で補うことは出来る! 聖女様は常々、こう申しておられる。貴公もブサイクではあるが、技能…武芸においては優れておるのだろう?」
「うう~ん? まあ、それなりに。ブサイクだから頑張ろうとか思ったことはないけども……。」
「だからこそ決闘という行為によって、それを確かめようと言うのだ! この私が直々に!」
優雅で且つ大げさな身振りを交えながら、ロレンソは自らの剣をスラリと引き抜いた。その剣は細身で長く、そして美しい装飾が施されている。一際目を引くのが護拳の部分に赤い薔薇と茨を象った刻印である。武器にまで美を求めている…この男のこだわりが一層感じられる一振りだった。
「さあ、貴公も抜き給えよ! この私を放置し、道化としてあざ笑うつもりかな?」
「それもまた、面白いんじゃないの?」
「抜かぬなら、抜かせてみせよう、勇者ロア!」
問答無用で電光石火の突きが繰り出された!俺は辛うじて剣を引き抜いて突きの軌道を逸らす。あと少し反応が遅れていたら右目を貫かれていた。紛れもない本気の一撃なのは間違いなかった。
「お見事。私の突きを凌いで見せるとはなかなかのお手前。その調子で決闘開始と行こうではないか!」
「ま、待てーい!? 強引に始めようとするなぁ!」
「この私の情熱は誰にも止められない!」
矢継ぎ早に攻撃が繰り出される! 突き、なぎ払い、流れるように連続して繰り出され、時折フェイントを織り交ぜて果敢に攻めてくる。あまりの巧みさに反撃をする機会すら与えられない。かなり高い技術の持ち主だとわずかな時間でも感じることは出来た。俺が今まで戦ってきた相手の中でもトップクラスの技巧の腕かもしれない!
「押されるだけでは、貴公の持つ勇者の称号の名が泣くぞ! イグレス卿を破りしその力を見せてみよ!」
最高にやりにくい相手だ! 俺とは相性が悪い。力が強かったり、動きが速いだけの相手ならいくらでも対処のしようがあるが、いわゆる達人と言われるタイプは苦手だ。さあ、どうやって反撃するかな?