第73話 謎の人物、ミスター?X
「アニキ? どうしたでヤンス?」
後ろにいる明らかに怪しい人物を気にしていたら、タニシがその様子を察知した。だが、こんなにコソコソしているんだし、事を荒立てない方がいいかと思った。
「いや、別に何でもない。頼むメニューを試行錯誤していただけだ。」
「……? まだ決めてなかったでヤンスかぁ? 入る前に決めとかないとオーダーの詠唱に失敗するでヤンスよ。」
適当な事を言ってタニシの注目を後ろに向けさせないようにした。すかさず近くにあったメニューの書かれた看板を見て悩んでいるように見せかけたのだ。
「ああ、そうだったな。詠唱に失敗してファンブルするワケにもいかんしな。念入りにシミュレートしとかないと……。」
実際、決めかねている部分があった。トッピングの種類や量のバランスが味の善し悪しに影響するのでしくじるワケにはいかないのだ。身長にバランスを検討する。それに詠唱失敗すれば想定していない量とか種類とかになりかねない。本番では噛まないように注意したいものだ。 そこから色々吟味している内にとうとう俺達の番が回ってきた。ようやくこれで席に座れる。
「次の四名のお客様、どうぞ!」
「ワシャシャーっ! 待ちに待った出番がやってきたでヤンス!」
タニシは興奮気味に率先して店内に入っていった。その様子はまるで散歩を心待ちにしていたペットの犬みたいであった。そういう所は犬と性質的には変わらないのだろう。
「中は結構広いな。店構えだけ見るとそれほどでもなかったのによ。」
興奮気味なタニシとは対照的にファルは食べる事とは関係ないところに感心していた。確かにこの店舗は広めだ。俺が今まで見てきた店舗より広い。あのノウザン・ウェルのところよりも広い。でもあっちは同じ街に三つくらい店舗があるので、規模は他より大きいかもしれない。
「ご注文はお決まりですか?」
席に着くなり店員が来て注文を促された。さすが手際がいい。そうでもしないと行列は一向になくならないのでスピーディーな対応をしているのだろう。
「あっしはゴチ丼、ゴチカルチョ、トントン、ジバラビリビリビリでオナシャス!」
一番手を切ったのはタニシだった。看板メニューのガツ丼を頼んでいないのは、ニンニクタマネギを避けるためである。ガツ丼は肉と一緒にタマネギを炒めた物が乗っかってるし、トッピングには刻みニンニクが定番となっている。なのでコボルトは食べられない。というか食べたら命に関わる。ちなみにゴチ丼は海鮮炒めの丼である。
「俺はサラシチキン丼で。」
「トッピングなどはよろしいのですか?」
「ああ。ノーマルでいいぜ。量も普通で良い。」
最初からこの店に入るのに消極的だったファルは、オーダーも消極的だった。サラシチキンは塩ダレベースの鶏肉焼きの丼だ。このチェーンのメニューとしてはあっさりヘルシー志向の傾向が強い。それでも隠れた人気メニューらしいので、俺もいつか挑戦したいと思っているのだが、普通のガツ丼の誘惑には勝てないので結局一度も注文したことはない。
「じゃあ俺はガツ丼、メシモリ、ニクモリ、アオサイサイ、ニンニクモリッチョで!」
「モリッチョ!? アニキ、本気でヤンスね!」
「フフ! 俺はやるときはやる男なのだよ!」
モリッチョとは最上の盛り量である。つまり特盛り! やっぱガツ丼は刺激がないといけない。多めの薬味でガツっと行くわけだ。それに加えてアオサイも加える。こうすることでクドさが緩和され、最後まで飽きずに頂けるというわけだ。ちなみにアオサイとは爽やかな香りのハーブを刻んだ物である。主に肉料理によく使われる食材だ。
「最後は私ですね♪ 絶壁プリンをお願いします!」
「絶壁プリンに挑戦なさいますか? 量は半端ないですよ?」
「大丈夫です! 完食出来ると思います!」
メイちゃんはお目当てのプリンに挑戦するようだ。しかし、店員がいちいち確認するのが気になった。もしかして、ヤバい量が出てくるのでは……?
「へえ、あなたもあの絶壁に挑戦するのね?」
いきなり近くの席から話しかけてくるヤツがいた。誰かと思ったら後ろに並んでいた怪しい女の子だ。明らかに正体を隠しているのに、目立つような行動をして大丈夫なんだろうか?
「あなたもプリンを食べに来たんですか?」
「そうよ! 私は絶壁の覇者! この店で最速の完食記録を持っているのよ! あっちにある掲示板を見なさい!」
謎の人物は店の壁に掛けられている掲示板を指差した。そこには“チャレンジメニュー完食記録ランキング”なる物が書かれていた! 絶壁プリン部門を見てみると……最上位にはミスターXなる名前が書かれている! え? ミスター? なんで? どっからどう見ても女の子なんですけど……?