第71話 泣く子も黙る恐怖の魔王
「何ぃーっ!? 魔王の手下が学院に現れただとーっ!?」
しばらくの間、リゾート地での休暇を過ごした後、俺達は聖都に向けて新たに旅立った。その行く先々でクルセイダーズの詰め所に立ち寄ることになっている。エルとの手紙のやりとりをするためだ。そして、今、手紙が届いていたのでその内容に目を通していたのだが……。
「何があったでヤンしゅかぁ?」
「やべえな。あの場所に魔神が封印されてる迷宮があったなんてな。それが蘇ったらしい!」
「しょえあっ!? 一大事でヤンス! アニキがいなくなった途端に大事が発生してたんでヤンスね!」
一難去ってまた一難! フェルディナンドがいなくなったと思ったら、また違う脅威があの学院の平和を脅かしたらしい。下手をすれば魔王戦役が勃発していたかもしれないというのだ。
「しかも、トウテツとか言う奴が現れて更にゴチャゴチャした状況になったみたいだ。全くなんなんだよ、一体?」
四凶のトウテツ。たしか、宗家が気を付けろって言ってた蚩尤一族の名前がそんなのだったと思う。とうとう俺の近くまでやってきたのか? とはいえ、なんでかエルのことも狙ってきていたようだ。一体、なんなんだ?
「そんなやばいヤツだらけなのを影の勇者とかいうヤツが蹴散らして去って行ったらしい。」
「なんかウソみたいな話でヤンスね? アニキ、いつの間に影武者なんて雇ってたんでヤンスか?」
「エルがこんな冗談を書くわけがないんだよなぁ。ホントだと信じるしかないな。それに、俺は影武者なんて雇ったことはない! なんかようわからんニセモノが現れたということにしておこう。」
「なんか話だけ聞いてると本物より強そうでヤンス! 気が付いたら本物に成り代わってたりするかもしれないから気を付けた方がいいかもしれないでヤンスよ!」
たしかに俺がその場にいたとしても全部追い返せたかどうかわからない。ヤバいヤツらを多数相手にしてピンピンしているとは、相当な実力者に違いない。しかも、敵を倒さずに追い返しただけらしい。いずれ俺の前に姿を現すんだろうか?
「なんだ、やっぱり手紙にも書いてあったか。ということは説明が省けてよかったぜ。」
詰め所の奥からファルとメイちゃんが戻ってきた。口ぶりからすると、クルセイダーズにも学院での事件のことが伝わっていたようだ。その話を奥の方で聞いていたんだろう。
「一大事だ。とうとう四天王が動き始めたようだな。しかもよりにもよって一番危険なヤロウが表舞台に出てきやがった。」
「そんなにやばいヤツなのか?」
「今までお前が相手にしてきた魔王とは格が違う。歴代勇者でも奴等、四天王に勝てたのはわずかしかいない。寧ろ、倒された勇者の方が圧倒的に多いんだぞ。」
「……マジで!?」
倒すどころか倒されている数が多いだと! どんだけ強いんだろう? 今のところ、羊、犬、蛇あたりとやりあっているが、アイツらでさえ勝てるかどうかわからない。それ以上に強いのが四天王ってワケか。なんかイヤな冷や汗が出てきた……。
「とりわけ鶏の魔王は恐怖の大王とか恐怖の伝導者っていう代名詞があるくらいだ。人々に恐怖を振りまく破壊の王だぜ。“ポジョスがやってくる”。昔っから子供のイタズラを窘める常套句にも使われる位だ。」
子供を窘める常套句は俺の故郷にもあった。あっちではたった数百の軍勢で万単位の軍勢を破ったという逸話を持つ武将の名前が使われていた。○○が来るぞ、なんて言って泣く子も黙る、って言葉の由来にもなったらしいな? 比較は出来ないがとにかく、それぐらいヤバい魔王なのだろう。
「恐ろしいのはヤツ自身だけじゃないんだぜ。五色羽とかいう眷属は一人一人が下位の魔王に匹敵する強さだ。その内の一人が学院に現れたって事だ。」
「そんなヤツが学院みたいな場所に堂々とやってくるなんてな。魔術師の総本山なら探知して入らせない事ぐらい余裕なんじゃないの?」
「何せ、あのゴタゴタがあって間もない時期だ。普段よりセキュリティが甘くなってたのは間違いない。その隙を突いてやってきたんだろうぜ。しかも、その魔神は魔王軍きっての幻術使いだ。その気配さえ偽ると言われてる曲者中の曲者だ。」
幻術ってそんなこともできんの? 気配を消したりは出来るだろうけど、完全にゼロにはできない。何をするにしたって動けば音が出るのと同じで不可能な事だと思うんだが……?
「気配を偽るってどういうこと?」
「さあな。見たわけじゃないから俺にもわからん。闇のオーラを抑える技でも持ってるとしか言いようがない。そういう探知は魔術で簡単に出来るからな。その探知網を掻い潜るということは、そういう事なんだろうよ。」
「世の中にはまだまだヤベえヤツがいるんだな……。」
羊、犬の魔王がちょっかいを出してきたと思ったら、俺の見ていないところで鶏の魔王も動き出した。それに加えて蚩尤一族だ。強敵だらけで今後はますます大変になりそうだ。