第64話 太陽の化身
「……痛いよ! 熱いよ!」
お嬢さんは剣によって切り裂かれ、刃が纏っていた炎で焼かれようとしていた。取り返しの付かないことになった……。
「うう……死にたくないよ……。」
炎は魔術によるものだったから消すことはできた。でも剣による傷は消すことは出来ない。もう何もかもが手遅れだった。
「ごめんなさい……。僕は……、」
「何やってんの、馬鹿! それはウチじゃない!」
後悔の念に駆られながら、茫然自失としていると背後から、お嬢さんの声が聞こえた。おかしい。彼女は目の前にいるのに……。振り向くと離れた所にもう一人いた。怪我もなく元気な姿の彼女が。では、僕が斬ったのは……、
(ズッ!)
「見事に騙されてくれたねぇ! ボクとしては嬉しいね! 商売冥利に尽きるよ!」
背後から刺された。刺しながら魔神はゲラゲラ笑っている。お嬢さんの声で。そうか、最初から騙されていたんだ。妙にうまく行くと思った。
「まだまだ、甘っちょろいね。こんな簡単なトリックに引っかかってしまうなんて! 正義の輩は本当に進歩しないなぁ!」
最後に絶望的な思いをさせて殺すつもりだったんだろう。どこまでも卑怯な魔神だ。それを警戒しなかった自分のミスだ……。
「あ、でも、進歩しちゃったら、ボクら悪党の領域に脚を突っ込むことになるか? 法王庁の人間なら、ためらいなく騙されずに人を斬るだろうけどね。そこまで出来ちゃったら、ボクらとおんなじじゃんねぇ?」
法王庁、特に神殿騎士団や十字の吻首鎌はそうだろう。彼らは悪と見なせば誰であろうとためらいなく斬り捨てる。僕はそこまで冷徹に非情に徹しきる事は出来ない。でも、その甘さが命取りになってしまった。
「甘くてもいいではないか。それが若さの特権なのだ。情なき力は只の暴力でしかない。」
意識が薄らぎ倒れそうになった僕を何者かが支えた。そして、僕のミスを擁護してくれてもいる。誰だろう? 聞いたことのある声、見たことのある姿だ。
「僕の劇場への飛び入り参加は許可してないんだけどな?」
「すまんな。あまりにも臭い芝居だったから、クレームを入れたくなったのさ。」
「そういうキミはあまりにも胡散臭いじゃあないか! 誰なんだい、キミは? 噂の勇者君かい?」
顔は魔神の方に向けているから顔は見えない。でも、服装や刃のない剣、頭に付けている額冠は正に勇者だった。でも、ロアさんではない。その証拠に、僕を支えつつ回復魔法を使っている。あの人が回復魔法を使うだなんて聞いたことがない。声も違う。
「私か? 私は影の勇者。またの名を偉大なる勇者。」
「何!? 影の勇者!? グレートだと?」
グレート……? そういえば、あの時に語りかけてきた声と同じだ。同じ名を名乗っていた。この人だったのか! でも、あまりにも似ている、ロアさんと。でも似ているのは見た目だけで、纏っている雰囲気は燃えさかる炎、いや、太陽の様だった。
「まあ、いいや。正体のことはぶっ殺してから調べるとしよう。ボクの大切なお仕事を邪魔してくれたんだから、慰謝料はタップリと払って貰うよ!」
「仕事? 遊び半分にやる仕事など、この世には存在せん!」
「言ってくれるじゃないか!」
わずかな時間で僕の傷の応急処置をし終え、グレートは魔神と斬り結び始めた。二人の攻防は凄まじい嵐のようだった。あの魔神と互角以上に渡り合っている!
「クソみたいなクレーマーのクセに中々やるじゃないか!」
「貴様如き魔王の下っ端に負けはせんよ! 勝ちたければ、お得意の手品を十分駆使することだ!」
「ああ、殺ってやるよ! 手品で死んじまいな!」
ヴォルフと戦わせていた分身、最後の一体を手元に引き戻し、再び四体に分裂させた。合計五人となったところでグレートに立ち向かう。これじゃタコ殴りだ。一方的な展開になると思われたが、思いがけないことが起こった。逆に魔神の方が押され始めた。五対一なのに!
「け、結構なお手前だ! 幻術を使えるのか? キミも大層な大道芸をお持ちじゃないか!」
「分身? 冗談じゃない。幻術などではない。これは残像だ。正確には三皇奥義、無影陽炎と言う!」
五体全てを同時に相手をしながら、その全てにおいて押している! あまりにも速いため、まるで分身しているみたいだった。それでも彼は残像だと言っている。これは超人絶技だ!
「調子に乗ってぇ! このままで済むと思うなよ!」
魔神は分身も含め、一旦グレートから間合いを離し、グレートの周囲を囲んだ。そこから一斉に斬りかかった。
「八つ裂きにしてやる! プリズマ・ディストルツィオネ!!」
「勇者の豪撃、バーニング・イレイザー!!!!」
太陽の光を帯びた光の衝撃波が魔神とその分身をなぎ払った! これは只の勇者の奥義じゃない。太陽の化身とも言うべき一撃だった。