第53話 あなただけは確実に仕留めます。
「人形風情が私に敵うとでもお思い? しかも、私に一度敗れた上でもう一度刃向かうなんてね。とんだお笑いぐさよ!」
戦う前からアンネ先……いえ、アンネ・リーマンは私を罵ってきた。以前の戦いで私は命を取り留めたものの、体を破壊されてしまった。
「あなたは私に勝ったおつもりなのですか?」
「無様に、ゴミのように砕け散ったというのに、貴様は負けてないとでも言うつもりか?」
「あの状況で勝ったも負けたも無いと思わないのですか?」
それはラヴァン様をお守りする為、庇ったからでもあった。あの時は間一髪で勇者様に救われたけれど、私には勝ったつもりでいるらしい。勝ったつもりでいたいのかもしれない。
「それは敗者の言い分だ。そして、今から最後の敗北を与えてやろう!」
アンネは腰に下げていた革袋から水をぶちまけて刃へと変化させた。ハイドロ・スピンカッター、以前も使用していた水属性の攻撃魔術だった。
「これで再びバラバラに粉砕してやろう!」
水の刃を私の方へ向けて放ってきた。今までならこれを凌ぐのは大変だった。今の自分にはこれは通用しない。水の刃は体に当たる直前に逸らされ四散した。
「残念ですが、あなたの魔術は通用しません。お陰様で新しい体に入れ替わりましたから。」
「相転移力場か? 新型ゴーレムの予備ボディに乗り換えたのだろう? 失念していたよ。」
無効化されたというのにアンネは不敵な笑いを浮かべていた。何か策でも用意してるのだろうか? 知っていたはずなのにわざとらしく感じる。
「今思い出したよ、それの弱点も。投射タイプの魔術や弓矢、武器による直接攻撃は無効化されてしまう。しかし同時に、それを通用する攻撃も知っている!」
周囲に飛び散った水が動き始め、形を為そうとしていた。水自体は私の衣服にも一部付着していたため、それすらも私の体の動きを制限し始めていた。
「油断したな。攻撃性のない物体には反応しないのがネックになったな。その状態から魔術を発動させる分には問題は発生しないというわけだ。」
「ううっ!?」
周囲の水も私の体に纏わり付き始める。そしてそれが蛇の姿へと変わっていった。アンネの得意とする魔術、アクア・サーペントだ。私の体は動きを制限されたものの、防御機能は発動していない。アンネの言うとおりの結果になった。
「ハハハ、この知識自体は貴様ら勇者一味の戦いを見て知ったことだ。役に立ったよ。貴様ら自身を倒すためにな!」
最初からこの魔術を使ったら、相転移力場が発動してしまう。相手の周囲に水を散布した上で徐々に水蛇を生成すれば、その対象にならない事を知っていたのだろう。相手の動きを捕らえたり、組み付く行為には反応しないということは前の戦いで判明していた。
(グググググッ!)
「貴様はまんまと私の罠に嵌まったわけだ。今回もバラバラにしてやるぞ!」
「フフ、同じ手が通用すると思っているのですか?」
「ハッ、この状況でハッタリのつもりか? 私のアクア・サーペントに一度拘束されれば、逃れる術は無い!」
「相変わらず、思い上がりの強い方ですね。」
「何が言いたい?」
私も無策じゃ無い。この人と再び戦うことを想定してはいた。その際は確実に仕留めると。ラヴァン様やお姉様に害を為す存在は絶対にこの手で倒すことを誓っていたから。それにこの人は勇者様の二度のお慈悲を無碍にした。許しがたい点を挙げたらきりが無い。拘束された時点で私は体中に仕込んだあるものを魔力で発動させた。
「なっ!? こ、これは植物!? 何故こんな物が?」
「皆さんはゴーレムの体を持つことに注意を向けがちですが、私は木属性の魔術師でもあるんですよ。」
体には植物の種を仕込んでいた。アンネが水を仕込んでいたように。周囲に魔術発動用の触媒が無い場合は術者自身が持ち歩く場合が多い。しかも、水属性は木属性と相性が良く、使用の手助けをしてくれる。アンネは私の使用属性の事を考慮に入れていなかったのが最大のミスだった。草木が水蛇の水を吸って成長し、私の拘束はあっけなく解除できた。
「ば、馬鹿な!? 貴様のような三下魔術師如きに負けるはずが無い!」
アンネは狼狽えながら、もう一つの得意属性で岩の飛礫を作り、私目掛けて投射してきた。明らかに即席の魔術だったため、大した威力は無く、周囲に展開した草木で十分防ぐことが出来た。この隙に乗じて、私は止めを刺すべくアンネの懐へと飛び込んだ。
「……チェックメイトでございます!」
「がっ……!?」
一瞬にしてアンネの首は宙を飛んだ。油断を見逃さず、一思いに勝負を決めた。長引けば長引くほど、相手の方が有利になるから瞬時に決めることを最初から考えていた。
「非情過ぎるかもしれませんが、私にとって大切な人を守るためならば、鬼にもなります。」
まずは一人。後、何人もいる。他の方々の戦況は……? 見てみるとロッヒェン様が炎に包まれている姿がそこにはあった。




