第433話 あの人の消息を追って……。
ーーーーあの日に受けた傷は長い期間をかけて治療の甲斐もあって、私は普通通りに生活できるところまで回復した。まだ体力的には少し不安があったけれども、旅立ちたいという欲求があったから、少し無理をしてでも、復帰を早める事にした。なにしろ、あの人と再会するという大きな目的があったから……。
「ここね? 神十字教団、異端審問会。」
ーーーーエプリルさん達から彼のいそうな所を聞いてみたら、聖都の異端審問会にいるのでは?という話が出てきた。確証はないけれど、彼が審問会本部に出入りしている所を見かけた人がいるという話だった。直接見たわけではないけれど、最近聖都ではその様な噂が立っているらしい。その僅かな目撃談が聖都に徐々に広まり、ある意味都市伝説の様に語られるほどになっているのだと言う。
「さて、ここまで来たのはいいけれど、つてもないのに入っていっていいものか……?」
ーーーーあの人に会うという目的はある。でも、そこにいるという確証がない。もしいたとしても、門前払いにあってしまうかもしれない。ただの噂にすぎないし、彼がいるのは真実だとしても公表されていないのだから、秘密裏に出入りしている可能性もある。
彼は勇者である以上、民衆の混乱を避けるために極秘の任務を負っている場合は隠密的に活動することもあると話していた。いっそのこと私の立場、勇者の元同僚ということを伝えて入ろうかと思ったけれど、それが通じるかどうかは疑問がある。異端審問会の性質上、部外者を容易には受け入れない可能性がある。
「あら? 貴女は……?」
ーーーーどうやって入ろうか考えあぐねていると、背後から女性の声がした。その声は恐らく自分に向けて発せられたものだと思い、振り返ると、黒い修道衣に身を包んだ美しい女性が怪訝そうな顔をして立っていた。異端審問会に所属している方だろうか?と思って、顔を見ていると、どこか見覚えのある顔立ちのような気がしてきた……。
「貴女、もしかして……エルフリーデさんではありませんの?」
「え? ああ……! あなたはオードリー……?」
「そうですわ! やっぱりそうでしたのね? 私をその名で呼ぶ方はエルフリーデさんに違いありませんわ!」
ーーーー彼女に見覚えがあり、顔を見ているうちに名前を思い出せたのは理由がある。彼女は魔術学院時代の同窓生で親友だった女性だ。彼女の名はオードリー・ヒートバーンズ。代々司教を輩出する家系の生まれで、在学時代は私と一二を争う程の成績を修める程の秀才でもあった。彼女自身は将来的に魔術と神聖魔法を同時に使いこなす識学者を目指すと聞いていたけれど……?
「何故、貴女がここに?」
「それはこちらも聞きたいところですわ! 貴女ほどの方が異端審問会に何の用がありますの? この様な場所とは無縁に思えますのに……?」
「ああ……いえ、探している人がいるのでどうしようと思っていたところだったの……。」
「人探し? まあ、ここで立ち話というのも、よろしくありませんし、中に案内しますわ。」
ーーーー人探し、とは言ったものの、その対象になっている人物については口外するのは憚られた。噂程度の情報だけでやってきたと言うのも少々言いづらいので口にしなかった。恋人を探しに来たというのも昔の学友に言うのは気恥ずかしい物があるし……。とにかく、詳細な事情は話せないまま、建物の中に案内された。
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「卒業して以来の再会ですしね。積もる話もございますわ。人払いはしておきました。こちらなら私達だけで気兼ねなく話せますわよ。」
「え、ええ。ありがとう。オードリー。」
ーーーー親友と再会できたのは良いけれど、異端審問会という事もあり、気持ちが落ち着かない。ここは神十字教団に仇なす存在に対処するために設立された組織。何かと物騒な噂も絶えない所なのは有名だ。だというのに、こんな所に彼女のような人が所蔵しているなんて、今でも信じられない。
「私と同じでまだ若いというのに、こちらで設備を自由に使わせてもらえるのね?」
「ええ、まあ、私は割と重要な役職を与えられていますので。特務班とも言うべきグループに所属していますの。」
「特務班……? そんな役職に?」
「ええ。私の事については追々話す事にしますわ。それよりも私は貴女の目的の方が気になりましてよ?」
「え、ええ、私は……、」
「いいんですの。ここには私達しかいませんのよ? ご遠慮なく。」
「私はある人物を探しにここまでやって来ました。私の前から姿を消したまま、どこに行ってしまったのかわからなくなってしまったのです。ですが色々人伝で情報を集めた結果、聖都で姿を見かけたという噂があることを知ったのです。」
ーーーー私は正直に簡便に経緯を話した。彼女の様子からすると、私が魔王の討伐に参加していた事を知らないようだったので、詳しい事情は伏せるようにした。私が病み上がりの身であるということで変に気遣いをさせたくなかったから。とにかく噂の真相を探ることだけに集中したかった。
「で? こちらに来れば何か分かるかもしれないと思われたのですわね?」
「やれやれ。私を追ってここまで来るなんて、難儀な方ですねぇ、あなたは。」
ーーーーそのとき、私は心臓が止まる思いをした! 渦中の人物がオードリーの背後から姿を現したのだから。そう、勇者シャルル・アバンテ、正にその人だった……




