第423話 拳で語り合う人達
「うきゃあ!? なんかまた怖そうな人が来たぁ! ガクブル……。」
そういえば、このアホ娘は鬼を見たのは初めてであったな。脳天気な者からしたら、寝耳に水を差された気分じゃろう。魔王以外の脅威が異国にも存在している事を知るのは重要なこと。いつしか勇者に就任すれば、以外にも敵は多いのだと驚かされることになるじゃろうから、良い刺激となろう。
「古の戦士よ。我は”鬼”なり。我は西方の強者を求め東洋から参った。」
「東洋の鬼? 遠き土地にも魔族がいたのか。これは面白い。」
拳王は何者とも知れぬ鬼をあっさりと受け入れおった。強者とあらば分け隔てなく接する性質のようだ。当人は受け入れたとはいえ、羊はこの事実をどう受け止めておるのだろう? まんまと侵入を許し、自らの軍勢である複製人間と交戦しようとしているのだ。これは奴にとっても不測の事態に違いないはずだが……?
「我らには言葉など不要! ただ拳を交わす事のみ!」
「わかっているじゃないか! 戦いの前に言葉など必要ないのだ!」
「ま、待て! そなたらがここで潰し会う必要はない!」
言葉少なく意気投合した二人は制止も聞かず戦いを始めた。互いに手負いであるにも関わらずだ。万全な状態でなくとも、好敵手と巡りあったその瞬間から交戦を始めるとは……。戦に価値を見いだした者達の事は妾には理解しがたい。
「さてはお前、本調子ではないな? 闘気の流れに乱れがあるのが手に取るようにわかるぞ!」
「うぬの方こそ、砕けた肘でよく拳を打てるものだ!」
鬼も万全ではないとはいえ、片腕が不調な拳王の方が不利なはず。となれば、奴を失うのも時間の問題だ。だが羊は何の干渉もしてこない。この様子を見ていないはずがないのだ。不可解なことこの上ない。もしや、この状況を利用しようと考えているのでは……?
「うえぇ! なんかケンオウさん、私らと戦ってたときより動き速くなってない? やっぱ、舐めプ状態で戦ってたってこと?」
「そうであろうな。あの男は若輩者を手厚く扱うのが信条なのであろう。若い芽を早期に潰せば、奴自身の楽しみを損なう為、と言ったところなのじゃろうて。」
頂点に立つものほど、その地位を脅かす者は早いうちに排除したがる傾向にあるが、拳王はそうではなかったのだろう。あまりにも強すぎたために相手がいなくなるのを嫌い、後継者やその上を行くものの登場を待っていたのかもしれぬ。
奴自身は老成する前に命を落としたのだし、オメガの一族と戦う最中で若輩者が数多く命を落とす様を見ていたからこそ、手心を加えていたのかもしれないな。
「極凄螺旋豪!!!」
(ドンッ!!!!)
「練り上げた闘気を放つ技か! 面白い! メテオ・スマッシュ・ブロウ!!!!」
(バゴォォォォォォォン!!!!!!!!!!)
螺旋状の渦を巻く暗黒の気弾と拳王渾身の拳が激突し互いに弾けあった! その衝撃はまさに嵐のごとくであり、ひと度気を抜けば巻き込まれ吹き飛ばされそうな程だった。その最中で油断していたであろう、小娘はうっかり吹き飛ばされ、奇声を上げながら壁に叩きつけられていた。
(ビターーン!!!)
「ほげぶぅ!!!???」
年頃の娘が上げていい声ではないな。不足の事態とはいえ、情けなく且つ品のないものよ。外面の美しさには気を配っているようだが、いまいち育ちの悪さが垣間見える残念な娘であるな。勇者としての素質はあるが今一つ下衆な部分が目立つ。一度、こやつの根性を叩き直してやる必要があるかもしれぬな。
「いったぁぁ~~~~い!! なにすんの!!! ギャラリーまで巻き込むとはどういう事?」
「これは見世物ではないぞ。本物の真剣勝負だからこそ起きる現象じゃ。それに吹き飛ばされたのは、そなただけじゃ。他の倒れた者達でさえ、あのままじゃからな。」
どういうわけか、傷付き倒れた者達はそのままの位置にいる。地に伏していたからこそかもしれないが、やはりアホ娘が特別に油断していたとしか思えぬ。この現象を起こした者達でさえ、二本の足でたっったままでおるというのに……。
「あんだけのことがあって、あの二人何もなってないよ!!」
「互いに実力が拮抗しておったのじゃろう。見た目からはわからなくとも、互いに相応の消耗はしているはずじゃ。双方、全力の奥義であったからな。」
鬼は気弾を放った両手の平を前に突きだす姿勢のまま、対する拳王は拳を放った姿勢のまま立ち尽くしている。全力であったからこそ、動けぬのだ。そして互いに手負いであったからこそ、最大の一撃には成り得なかったと見える。
「螺旋豪を拳圧のみで制するとは見事なり。」
「俺の最大の一撃の威力をここまで殺すとは……。コロッセオでは誰一人として成し得なかったことだぞ。」
互いに実力を褒め称えている。拳でしか、武力でしか語り合えない者達にしか辿り着けない境地なのであろう。戦いは互いに憎しみ会う野蛮な行為でしかないと思っていたが、この様な側面もあったのだと改めて思った。と、目の前の光景に感心していたら、なにか視界の端に白く小さな飛来物が見えたような気がした。




