第41話 四凶の一角、魔人、饕餮(トウテツ)
「ふう、何者かは知らないけれど、少々厄介な使い手だったわね。」
私に続いて、トープス先生の応急処置を終え、レンファ殿は先程の戦いについてのかんそうを述べた。
「D・L・Cをこんなにあっけなく倒してしまうなんて……。あなたは聞いていた以上の達人のようだ。」
「私をご存じなの? 美男子の魔術師さん?」
「あなたはリャオ・レンファ殿でしょう? エレオノーラの師の? 流派梁山泊の槍の達人と聞き及んでおります。」
エレオノーラは勇者の姉から戟と呼ばれる矛の一種の技の手解きを受けたと話していた。彼女の使う武器は大鎌だが、矛の技を応用して使っていると聞いた。レンファ殿の本流は槍なのだそうだが、技を磨くため矛の技も体得していると聞いた。
「あの子のお知り合い?」
「ええ。元婚約者のラヴァンタージュ・モンブランと申します。こちらの方は私と同じく教員のトープス先生です。この学院で教員をしている者です。」
「先生なのですね? なぜ、あの人達と戦闘を?」
「彼らは魔神を復活させると脅迫してきているのです。我々は今、彼らへの対処に追われているところなのです。」
基本的に部外者に話すべきではないが、彼女は我々の命を救い、ロスト・ワードも倒してしまった。それにエレオノーラの師であれば助っ人として頼りになりそうなのは間違いなかった。只でさえ猫の手を借りたいくらい、人手が不足しているのだ。出来れば彼女の力を借りたかった。
「我々二人は彼らの要求する物の捜索のためにここへ来たのですが、対象物への手掛かりを掴んだ途端、彼らに襲撃されたのです。」
「なるほど。経緯はわかりました。エレオノーラの元へ向かう途中であなた方をお救い出来たのは幸いです。」
彼女はエレオノーラに用があるのか。偶然とはいえ、我々は幸運だった。あと一歩の所で二人とも目的を果たせずに命を落とすところだった。しかし、彼女の目的とは一体? 少し焦っているようにも見える。
「目的の品を回収次第、我々は彼ら一味のいる迷宮へと向かいます。」
「エレオノーラは今どこに?」
「その迷宮に先行して向かっています。彼らの討伐の為に他数名のメンバーと共にね。」
「迷宮の中? それならまだ安全かも知れない。」
安全? それはとんでもない! あの場所は非情に危険な場所だ。魔神が封印されているし、それを守るガーディアン達も大勢いる。なのに何故、彼女はそんなことを言うのか? 聡明そうなこの人物が言うからには何か大きな理由がありそうだ。
「それは何故です? あの場所はこの学院屈指の禁域なのですよ?」
「彼女や私の弟に危険な存在が迫っています。あの子達は今、トウテツという魔人に追われているのです。私は彼の闘気の痕跡を追ってここまで来ました。おそらくこの付近にいるのは間違いありません。」
「何者ですか? それは?」
「この国の魔王に匹敵する存在、私達の国、東方で恐れられる魔の一族です。その頂点に存在する四人の魔人、通称“四凶”と呼ばれる者の一人なのです。」
今、魔神復活の危機が迫っているというのに、他にも災いが訪れているとは……。魔王に匹敵する存在とは一体……?
「私は古い文献で幾度か目にしたことがあります。“東方に恐るべき魔の一族あり”と。十二人の魔王ですら東方侵略に手を拱いていた一因が彼らの存在があったからという説が古代史学会では定説なのです。」
「その様な記述が残っていたのですね。」
さすがにトープス先生はご存じだったようだ。私もある程度は古代史を学んではいるが、初めて聞いた話だ。だが内容が内容だけに一般には公表されていない事実なのかもしれない。只でさえ魔王が脅威だというのに、東方にもほぼ同等の脅威が存在することが知れたら……。必ず絶望的な思いに晒されるに違いない。今の私のように……。
「何故、勇者やエレオノーラを狙っているのですか?」
「ハッキリとした理由はわかりません。ですが、トウテツは“八刃”を極めた者に興味を持っているのは事実です。そして何より……私達の父の命を奪ったのはあの男なのです。」
「あなたの父上の仇なのですか!?」
「その強さは私達の流派の宗家をも凌駕するとも言われています。“トウテツに警戒せよ”とロアに忠告してもいました。」
彼ら東方武術名門でさえ恐れる存在とは……。彼らの宗家の戦いぶりは私も大武会で目にしたことがある。彼の戦闘能力は常軌を逸していた。目の前にいるレンファ殿でさえ手も足も出ないほどに強かった。あの達人の上をいくというのか? 正に魔人だ。人間の域を超えているとしかいいようがない。フェルディナンドやヴァル・ムングに匹敵する人間がまだいるだなんて考えたくもない……。正に悪夢だ……。
「勇者を狙うのはわかります。しかし何故、その男はエレオノーラを狙うのです?」
「あの子を狙うのはある意味……同族とも言えるからでしょう。彼ら一族は闇の闘気を操ると言われていますので……。あの子の力を取り込むか、もしくは仲間に引き入れるつもりなのかも知れません。」
「闇の……闘気?」
「ええ。西方で言われる闇の魔力、その力に酷似しているのです。死を操り、死を超越する力。あの子が振るう力を目の当たりにしたとき、あの男の力を思い出さずにはいられませんでした。これほど似た力があるものか、と。」
なんということだ。魔王に似た存在というだけでなく、闇の力を使っている疑いもあるのか。早く迷宮に向かわねば! エレオノーラに危険が及ぶ!