第40話 メシア再び!
「全く! まだ若いのに生き急ぐものではありませんよ。」
その女性は私の行動を窘めるように言った。初対面の人物にそんなことを言われてしまうとは……。自分の未熟さが恥ずかしい。とはいえ、この女性は何者なのだろうか? 先程の技はどこかで見たり聞いたりしたことがあったような……。
「敵はいるけど応急処置が優先。ちょっと我慢してね! ……フンッ!!」
「おわっ!!」
体に不思議な衝撃が走った途端、背中の痛みが和らいだ。回復魔術でも使ったのだろうか?止血のみを行ったのだろうが、見たことも体験したこともない感覚だ。
「何者かは存じませんが、ありがとうございます。」
「まだお礼を言うのは早いわ。敵はまだいるんだから。気功術で止血を促進させただけだから動いては駄目ですよ。」
見ると状況を把握して我に返ったロスト・ワードが、槍の女性と対峙しようとしていた。矢女性もそれに呼応するように槍を構えた。
「な、何者だ! しかも魔術を打ち消すなど、何を使ったのだ? ……貴様、まさか、今世代の勇者か? 魔術すら消失させる武術をつかうという……、」
「残念ながら私は勇者ではないわ。言うならば、私は彼の身内、姉よ。」
「何!? 貴様も勇者の一味か!?」
姉だと? この女性が……? 全く似てはいないが、エレオノーラやローレッタからそういう話を聞いたことがある。そして、エレオノーラに武術の手解きをした女性がいると! 確か名はリャオ・レンファだったと思う。
「あの子の後見人、保護者みたいな者よ。あなたはあの子の敵? もし、そうなら容赦しない。」
「私にとって勇者なんてどうでもいい存在よ。私達の協力者の女性は恨みを持っているみたいだけどね。だけどそこの男の始末を邪魔される訳にはいかない!」
ロストワードが敵対を宣言すると共に、彼女は自身の分身を発生させた。得意の幻惑魔術で姿を特定出来ないようにしてきた。高度な幻影な為、魔力による探知が出来ない! どれもこれも遜色ない魔力を有している! 目視はもちろん魔術的にも見破るのは困難と見える。
「これが噂の幻術と呼ばれる分野の魔術ね。大したものだわ。これじゃ、見分けが付かない。」
「うふふ。魔術になじみのない東洋人には見分けが付かないでしょうね? これからじわじわとロング・フォースの恨みを晴らしてやるわ!」
「逆恨みは勘弁してもらいたいのだけれど……?」
魔術師である私でさえ、対処を練るのが困難だというのに、槍の女性は首を傾げ、困った風な仕草をしている。でも、それはあくまで見せかけなのかも知れない。彼女からは魔力に似た異質な力が漂っている。
「じゃあ、私も覚えたての奥義を披露してみようかしら? どっちが凄いか競い合うのも面白いかもしれない。」
「は……!? 競うだと? 我が幻術に対抗する術など……!」
「五覇奥義……離伯月影!!」
槍の女性は自身の姿を朧気に霞ませた後、左右に二人ずつ分身を発生させた。合計五人の姿になった!
「馬鹿な! 魔術師以外の者が幻影を作り出しただと!」
「いつから分身の術は魔術師さんの専売特許になったのかしら? 私達の国では妖術、武術共にこういうのは定番の技術よ。難しいのだけれどね?」
この技は……大武会で見たことがある。エレオノーラのチームの準決勝の対戦相手が使っていた。あの白髪の武術の達人が披露し、仮面の人物…目の前の女性を一方的に痛めつけ敗北させた技だったはず。それを今は彼女自身が使っている。分身の数は少ないが紛れもなくあの技だ。
「そのような紛い物が私の幻術に敵うものかぁ! その化けの皮剥がしてくれる!」
それぞれの幻影から様々な属性の魔術が放たれる。氷結弾、水塊、火炎弾、電撃弾、多彩な属性の魔術だ。一人がこれら全てを扱えるとは思えないので、いくつかはフェイク、もしくはフェイクを装った上で本命の攻撃を仕掛けてくるかもしれない。疑ったキリがないが、相手は幻術師。どんな手段を使うかわからない! このような状況だというのに、女性は真上を向いていた。
「戦技一0八計……鶴刺一閃!!」
(ドスッ!!!)
分身の一体が真上に槍を投げた! 投げた槍は上空で留まり、次第に幻術が解けたロストワードが串刺しになった姿が露わになった。本体は空中に浮遊魔術で滞空しつつ、姿を隠し身を潜めていたのか! 同時に他の幻影も消滅した。
「どう…してだ? どうして……わかった?」
「なんとなくね。屋根の上にいるあなたは全部偽物にしか見えなかったのよ。視界から外れた位置にいるとしたら、真上かな、と思ったのよ。」
「馬鹿な! 勘などに負けてしまうとは……クソッ……、」
ロスト・ワードは力尽き、落下。そして死亡した。頭から落下したため、頭が砕けてしまっている。幻術使いの華やかなイメージとは裏腹に、目を覆いたくなるような最後となってしまった。