第398話 伝説の拳王
「お前の力、存分に見せてみろ!」
正直、不死鳥の幻影を初めて出会った相手に使うのは気が引ける。魔術で自分の幻影を作り出しているとはいえ、実質二対一を相手に強いる事になってしまうからだ。
これを使うと剣術どうこうと言う以前に戦力的に優位にたった状態で戦うのだから。魔力の消耗も多いとはいえ、少し卑怯な感じもしたから騎士道精神に反しはしないかという疑念が自分の中で葛藤があった。
「遠慮なく行きますよ!」
幻影と並んで真正面から相手を斬り伏せにかかった。左右それぞれから横凪の攻撃を見舞ったが、刃が触れる直前で跳躍しただけでかわされてしまった。相手はその場で脚のバネだけを使い跳躍し、体勢は一切崩れていない。驚異的な身体能力と体幹を持ち合わせていないとできない芸当だ!
「しかし、剣の一部が分離して触媒になるとは思ってもみなかった。俺の時代にはそのような武器は存在していなかったぞ!」
回避の跳躍と共にこちらへ回し蹴りを放ってきた。正に追撃に入ろうとしていた時に繰り出されたため、かわすのが難しいと判断し、剣を縦にするような形でブロックした。受けた瞬間、すさまじい衝撃が腕に伝わってきた。
まるで蹴りとは思えないような威力、メイスや斧を用いたかの様な重々しい一撃に感じた! その影響で幻影ともども、間合いから押し出される形になった。
「そういえば……あなた方の生きた時代にはクルセイダーズはまだ存在していませんでしたね。」
拳王は追従剣を初めて見たという物言いをしている。それも当然、クルセイダーズ設立以降に一般に知られるようになった武器だからだ。クルセイダーズ自体も数々の王国が滅んだ後、復興に携わった教団が立ち上げた組織といわれている。
それよりも前の時代の拳王が知る由もなかった。僕の一族に伝わる剣は設立当初に活躍していたご先祖様が、当時の総長が用いていた”裁きの十字剣”に肖って作ったと言われている剣だ。
その元になった十字剣すら千年前には存在していなかった。しかも僕の手にしている赤き十字の炎剣は僕の代で作ったものだから歴史は浅い。
「あなたの様な英雄たちの意思を引き継いで設立された組織に僕たちは所属しています。命と引き換えに世界を守り抜いてくれたお陰で、今の僕たちがあるんです。」
間合いから離されてしまったものの、僕は果敢に攻める姿勢を取り続けた。自分は真正面から、幻影は右側から攻めさせたが、幻影を姿すら見ずに拳で吹き飛ばし、僕の攻撃は片手で刃を受け止められる結果になった。今度はかわすどころか攻撃を読まれた上で武器を掴まれてしまったのだ。
「なるほど。教団の坊主どもが軍を立ち上げていたと知ったときは胡散臭いと思ったもんだが、国が滅んだ代わりに発足したって言うんなら納得できなくもないな!」
掴んだ武器はそのままに、腹部へ拳を叩きつけてきた。僕はかわすことすら出来ずにまともに攻撃を受けるしかなかった。あまりの衝撃に一瞬視界が真っ白になりかけた。このまま武器を掴まれたままでは何度も攻撃を食らってしまう。とはいえ、武器から手を離してしまえば、途端に勝ち目はなくなってしまう。だったら、ここは思いきってあの技に移行するしかない!
「ぐぬっ!? 剣が燃え始めやがった!?」
「すぐに手を離さないと大火傷しますよ!」
ロッヒェン一族、伝家の宝刀で攻撃をする。その前段階として、自らの剣に炎の魔力を纏わせる。流石に相手も剣を掴んでいられなくなり、手を離して間合いを空けた。そこからこちらも改めて技の体勢に入れるので幻影ともども、炎を纏わせた剣を同じ姿勢で構える。
「赫灼の雨!!!」
「むう!? この炎の攻撃は……!?」
一見、相手は戸惑っているようにも見えたが、僕の技のセットアップを見て、彼の顔には何か懐かしさというか喜びの様な感情が垣間見えた様な気がした。それでも構わず技の一連の動作へと移行した。容赦なく炎の雨の如く攻撃を浴びせた。
「そうだ! そうこなくては不死鳥の騎士の後継者とは呼べん! 炎の嵐の如き攻撃を俺に見せてみろ!!」
幻影と共に攻撃を交差させるように合わせていく。相手はそれでも、細かいフットワークでほぼ一ヶ所で位置をずらすことなく攻撃をかわし、拳で剣の軌道をずらしている。巨体であることはある意味、攻撃を受けてしまいやすいという欠点があるはずなのに、動きの軽さで全てそれをカバーしてしまっている。その姿は流石に拳闘で数多くの相手を屠ってきた経験があるからこそ出来る動きなのだと言えた!
「いいぞいいぞ! そうやって全力で、死に物狂いで攻撃しなければ、俺を倒すことは出来ないぞ!」
ロッヒェン一族が誇る伝家の宝刀、合わせて不死鳥の幻影の使用による複合攻撃……その全てが完全にいなされてしまっていた。一撃も当たることすらなく、相手の防御行動で全て無為な物にされてしまっている。相手の口上とは裏腹に、全力で死に物狂いで攻撃をしても全く届くことはなかった。それでも最後までやり通し、望みを捨てる訳にはいかないのだ。
「雨の終焉!!!」
「火消しの間欠泉!!!」
赫灼の雨最後の一撃は跳躍したところからの振り下ろしの一撃。それを迎え撃つかの様に、間合いに深く飛び込んだところからの突き上げる拳の一撃だった。完全に技を対処されてしまったのである。気づいたときには既に拳が体に食い込んでいた……。