第394話 悪辣なる魔王、ハンニバル・ハリス。
「うわあ、見事にペラッペラッにされてるな……。」
オッチャンとゲイリーの決着は以外と呆気なく方がついた。ケツから高圧の空気を吹き込まれ悶絶している間に地ならしされたことで完全に止めを刺されたのだ。戦いの途中でローラーは破損していたものの、その能力が完全に失われた訳でもなかったので、念入りに整地される結果になった。
「にしても、厄介だな。複製人間達は用済みと判断されれば、強制的に人造人間にリサイクルさせられるんだからな。」
「ホントびっくりだぜ! 原材料が同じだからってこんな気持ち悪い現象が発生するなんて思わなかった!」
宝箱ゲイリーを倒したことで、俺とファルは宝箱化から解除された。術を使った張本人の魔力供給がなくなったから、解放されるに至ったようだ。そのお陰か、この部屋に存在する宝箱達も擬装の魔法が解けて判別が容易になった。全ての箱のデザインが同じに見えるような幻術が部屋全体にかけられていたようである。
「この宝箱の変態がそうだったんなら、俺の師匠も一皮むけばこうなるってことになるよな。切り替わった瞬間に絶対笑い飛ばしてやる。そうじゃないと腹の虫がおさまんねえよ。」
複製人間は箱おじさんやカレルだけでなく、ファルの師匠やエルのお母さんといった女性まで含まれているのである。となると、その二人ももれなく……ということになる。考えたくはないが原材料はあのゴリラだ。目の前でぺしゃんこになっているのと同じ。
「私のお母さんもゲイリー君の体でできているなんて……。考えただけでも気持ち悪くなってきました。」
この箱おじさんの一件により、何が切っ掛けであの姿になるのかわからないという現実を突きつけられたことになる。想像しただけでもゾッとする真実だ……。特にエルからしたら見たくないものを見てしまうかもしれないというのはかなりキツいだろうな。
「お、おう……。確かに自分の母親がそんなことになっているのは中々キツい現実だな……。なるべくそうならないように一思いに倒せてしまえば問題ないんだがな。」
「……。」
ファルと師匠の関係はちょっと特殊なようだ。互いに悪口やら本音やらを言い合えるような姉弟のような関係であるらしく、俺の知るような師弟関係とはかけ離れた環境であったようだ。ファルとしては師匠を乗り越えて見返す様なスタンスで接していたらしい。実家が名家だったせいで家の存続やらを第一とする雰囲気であったためか、家族との関係は希薄だったのだろう。ただ唯一、本音でぶつかり合える相手が師匠だったのだともいえる。
「ファルさん! そんな言い方は良くないと思います! エルちゃんにとってはとても大事な人なんですよ!」
エルの様子を見ていたたまれなくなったのか、メイちゃんはファルの言動を咎めている。彼女はファルに憧れてはいるが、それ以上にエルの事を大事な親友として思いやっているのだ。普段はおとなしい彼女だが大切な人のためなら、言わなければいけないことはハッキリいうところが彼女の強いところで良いところだなと思った。
「す、すまん。俺が悪かった。俺自身の家庭環境は冷えきってたんでつい、な。」
同じく名家出身のエルとファルではあまりにも環境が違いすぎる。彼女は幼い頃に母親を亡くし、父親もどういうわけか不在だった。そのため叔母さんに育てられる事になったのだが、彼女の特性、デーモン・コアの欠片を体に受け継いでいたということもあって、忌み嫌われる存在として扱われていた。
そういうこともあってか彼女は家族という概念に対して憧れに近いおもいを抱いていた。家族がいたとしても心が通じ会えず関係性が冷めきっていたファルとは正反対の環境なのである。
「すまなかった。俺としてはどうしてもあの師匠に一杯食わせてやりたかったっていうのがあってな。つい、調子に乗ってアンタを傷付けるような事を言ってしまった。悪かった。」
「いえ……。気にしないでください。あなたのお師匠さんはとても素敵な方だというのは、一度剣を交えてみただけでも感じ取る事は出来ましたので……。乗り越えたいっていう気持ちが出てくるのも理解できるような気がします。」
二人の対照的な反応を見た上で俺は心の中に何か引っ掛かる物を感じた。……俺はどうなんだろう? 戦災孤児だったのは知っているが、家族やら記憶なんてサッパリなのである。どのように生まれて、どのような人に育てられて……その記憶が一切ないのだ。師父に引き取られる以前の記憶がない。でも、何か思い出そうとすると何か心が痛むような気がする。何か心に大きな古傷があるように思えてならない。
「まあ何であれ、嫌な思いした上で決着つかん様にせんといかんな。なんかエエ方法でも見つかればいいんやけどな。」
「そんな都合のいい方法が見つかると思うぅ? ハリス様って結構意地悪な事考えるの好きだからねぇ! イイコト聞いちゃったよ!!」
「なっ……!?」
その声を聞いて一同騒然となった! 倒したはずの男が生きていたのだ! ぺしゃんこになっているのに! だが、思い出したことがある。学院でも似たようなことがあった。エピオンによって体を一刀両断されたにも関わらず、気が付いた時には姿を消していたという事実を! やはりコイツは生き物に見せかけた化物のだという事実を思い知らされる結果になった!
「うへひゃ! こりゃハリス様も大喜びだわ! もっと意地悪な罠を用意してやろう、ってな!!」
「とっとと成仏しろ! 天破陽烈……八刃斬!!!」
「ぎにょうぇあ~!!!!????」
俺は躊躇いなく最高奥義で死に損ないを叩き斬った。あれだけ念入りに止めを、普通の生命なら生きていられない状態にしたというのに生きていたから、容赦はしなかった。エルとファルを嘲笑うかのような真似をするヤツは許しておけなかったのだ。何事にも限度という物がある。相変わらず空気の読めないヤツだったから、こういうことになるんだ……。