第372話 フェンス・オブ・ディフェンス
「ほう、あの少年、中々腕が立つようだな。」
私がオリバーと対峙している間、突如あの少年が戻ってきたようだ。何の前触れも無く消失してしまった彼は塔の罠にでも巻き込まれたものかと心配していたが、後に入ってきた賢者殿からの知らせによると蛇の魔王の罠によるものだと発覚した。
本来の討伐対象とは異なる魔王による奇襲に肝を冷やしたものだが、帰ってきたところを見ると難を逃れるのには成功したらしい。共に捕らわれたと見られるロアの働きによるものかもしれない。
「腕が立つも何も、彼は東洋一の武芸の名門の跡取り息子だそうだからな。見た目だけで判断できないところがあると思っておいた方がいい。」
「どこの馬の骨とも知れぬ者を随分と高く評価するものだな。以前の貴公にはあり得なかった価値観だ。」
生前よりも洗練された槍術を剣で捌きつつ、長らく語り合うことさえ出来なかった友と言葉のやり取りをする。確かに私の価値観は変化したのかもしれない。昔の、若い頃の私であったならば、自分の国の武術に勝るものは無いと信じて疑わなかっただろう。
ものを知らない故の自尊心とも言えるが、それが原因で過ちを犯すし、場合によっては命という代償を払わねばならない事もあるだろう。私は運良く命を落とさずに済み、様々な教訓を得た上で今の自分があると自負している。
「私は彼の父親と手合わせしたことがある。この私が手も足も出なかった程、彼は圧倒的な強さを誇っていたのだ。かの流派は我々の遙か先の高みに達していたといえるだろう。」
「不甲斐ないと思わないのか? 貴公は破れ屈辱を味わう事になった。結果、その者達の軍門に降ることになったことを恥ずかしいと思わないのか?」
私への疑問と共に激しい突きの連携を突きつける。10年前の私と様子が違うことに違和感を感じているのだろう。若い頃の私は自分の剣術に絶対の自信を持っていた。それ故に他への予断を許さず、柔軟な考えを持つことが出来ずにいた。年を経るごとにその考えのカドは取れていったと言えるが、更に解きほぐす決定的な事件があった。それはロアとの出会いだった。
「決して軍門に降ったわけではないさ。私は負けを認め、更なる向上を目指した。これは魔族に対抗するためでもある。何故なら現在の勇者もその流派の使い手だからだ。」
「魔族に対抗するため? 魔族と特に接点のない東洋人が対抗手段を持っているとは思えない。小手先の技術で魔族を倒せるとは到底思えぬのだが?」
「我々は光の力で闇を滅することにばかり目を取られていたが、対抗する術は他にあることを知った。かの流派を極めることによって敵の本質を切り分ける事すら可能にしてしまうのだからな。それは邪悪な心のみを切り捨て、残った良心を救う事が出来るのだ。」
「そんな夢のような事が出来るとは思えない! 闇に侵されてしまったが最後、その者を滅する他に救う手立てなどないのだから!」
彼の心は死んだあのときのままだ。槍の腕は生前よりも良くなっているとはいえ、常識は変わっていない。あの当時、いや、私がロアの技を目にするまでは、私もオリバーと大差ない価値観を持っていた。実際に見ただけではない。ロアと直後に手合わせし、彼の技に斬られたときに私は凝り固まった考えを崩されたと感じた。彼の”慈悲”の刃によって古い価値観は一新されたのだと感じた。
「そう思うのも無理はない。だが彼の一撃を浴びたのだから言えることなのだ。彼の”慈悲”の一撃によって希望を見いだすことが出来た。」
「そのような世迷い言を貴公の口から聞きたくなかった! せめてこの私の槍で葬り介錯してやろう! 食らえ、シャイニング・ガスト!!」
猛烈な光の闘気を纏わせながら、オリバーは槍での突進を開始した。私は彼の技に備えるため、構えを取った。というのも、このような事態に備えて日々、新技の鍛錬をしていたのだ。彼の技を想定していたわけではない。彼の命を奪った相手”紺碧の騎士”も突き技を得意としているためだ!
「私の技を正面から受けようとは! 正気の沙汰とは思えんぞ!」
「私は十分正気さ。敢えて技を受けるのは、受けきったときに生じる攻撃の隙を狙ってのことだ。敵の最大の攻撃の後にこそ勝機が見えるというもの!」
顔だけを相手に向け体を右向きになるようにし、剣を持った右腕と左腕で大きな輪を作るような構え。突進突きを躱すのでも逸らすのでもなく、突きの衝撃を受けきった上で相手の体を捉える。突風を受け流すのは一片の隙間のない強固な防壁ではなく、風通しの良い柵で行うという考え方に基づいている!
「これが”防護の柵”だ!」
(ガツンッ!!!)
「ぬうっ!?」
突進してきた突き技をやり過ごし、オリバーを捕らえることに成功した。そのまま相手の足を自らの足で払い、地面へと叩き付けた。要するにこれは組技であり投げ技なのである。これはかの流派の”死門霍鐐”という技を参考にしている。
「貴公が剣技に頼らず、格闘術を使うとは!」
「言ったろう? 一つのスタイルに拘っていれば、いつまでもそのしがらみからは抜け出せない。困難を乗り越え先に進むには他の側面から新たに学ぶことも必要なのだ!」
もちろんこれはまだ発展途上の技だ。実際の想定上の敵である”紺碧の騎士”に通用するかはわからない。この結果に慢心せず、日々改良を加え完成に近付けていくつもりだ。