第370話 アレじゃあないのに花束を……?
「花束で? まあいいだろう。少しは自慢の腕前とやらを見せてもらうとしよう。」
冗談と思われても仕方ない。花束を刀剣代わりに戦おう等という話は一度も聞いたことがない。棒きれよりもひどい条件である。なにしろ所詮は花だ。棒のように相手の攻撃の受けにすら使えない。受けたところでへし折れ、花と共に花びらのごとく命を散らすことになりかねない。
「手加減をしたとしても手違いでお前の命をうばってしまうかもしれん。覚悟はしてもらう!」
「馬鹿にするな。オレだって梁山泊の五覇を勤めている自負がある。武器がまともでなかろうが、迂闊に死ぬなどということはありえない!」
敵方もやむなしにこちらへと槍の一撃を放ってくる。大して殺気はこもっていないが、当たれば十分に致命傷を追わせるだけの迫力はあった。こちらに攻撃の隙を与えないため懸命に牽制し、相手の動きを制する。
槍の使い方の基本はできているとうかがい知ることができた。だがこれはあくまで一兵卒としては合格基準に達しているというだけだ。この程度では梁山泊槍術の足元にも及ばない。
「ハハハ、尻の青い小僧に過ぎないと思っていたが、大した身のこなし! 恐れ入った!」
「この程度! 息をする様にかわせなければ梁山泊にいる価値なしだ。そしてそれぞれの流派を束ねる五覇ともなれば、何気なく必殺の一撃を食らわせることもできるのだ!」
かわすこと自体は”柳枝不折”を使うほどでもなかった。使わずとも一撃一撃の間にこちらから仕掛けることも可能なくらいだった。しかしそれは普段通り刀を手にしていればの話だ。
刀で槍の軌道を逸らした上で一撃を入れてやることなど造作もない。花束であるから実行不可能なのだ。だからこそ今の状態でも繰り出すことができる技に切り替えなくてはいけないのだ。
「なっ!? 飛んだ!?」
「喰らえ! ”跳頭打首”!!」
(バサッ!!)
相手の槍に飛び乗り、穂先を床に付けさせた上でそのまま相手の頭上に跳躍する。空中で宙返りしつつ相手を飛び越え、すれ違いざまに後頭部へ一撃する! これが”跳頭打首”。回避と共に頭上高く跳躍し相手の目を幻惑した上で相手を撃ち取る技。実際に刀を手にしていれば首をはねていたはずなのだ!
「い、今のは!?」
「お前は本来であれば先程の瞬間に死んでいたはずだ。花束であったことに感謝するのだな。」
「むう? そうは言われてもあまり実感がわかないな。花の芳香が芳しいとしか言えぬのだが?」
「はっはっは! 言われてるよ、若ぁ! お花の香りが素晴らしいんだとさ! お花畑で良かったねぇ!」
「うるさいぞ、フェイ! いちいち緊張感を削ぐような茶々を入れるなぁ!」
クソ! 刀がこんなお花畑な事になっていなければ、今ごろ首級を上げていたというのに! 床に散らしていたのは相手の鮮血だったに違いないのだ! 虚を突かれて頭を落とす羽目になっていたのだという自覚くらいはしておけよ!
もしかして、この花束で攻撃されればもれなくお花畑な思考に変化してしまうのであろうか? いやいや、さすがにそんな効果があるわけ……、
「あ、あれ? なんかおかしいぞ? この建物って花壇なんて物があったっけ?」
「どうしたんだ、オイ?」
「なんだか、お前まで頭がお花畑になってしまったのか?」
敵方の様子がおかしい。オレの相手をしていた男がおかしなことを言い始めたのだ。周囲に花が植えてあると言う趣旨の発言をし始めた。当然そのようなものなど一切存在しない。花はオレの持っている花束以外は存在しないはずなのだ。それ以外では奴を殴ったときに落ちた花びらくらいである。
「まさか、あれはまさか、”花香幻術”では?」
「クロエ、知っているのかニャ?」
「樹属性を得意とする魔術師が使う幻術の一種にその様な物があると聞いたことがあります。花の香りを触媒にして様々な幻惑効果を相手に見せるものだといいます。あの花束にはその様な効果が付加されているのかもしれません。」
「なるほど。殴られただけでお花畑になるってのも冗談ってわけでもないってのか。」
「なかなかスゴい魔法なのニャ。きっとスゴい魔術師の仕業なのに違いないニャ!」
これが妖術の一環だと? あのタヌキめ、見た目とは裏腹に末恐ろしい妖術を使いおる! 相手の武器を無効化しただけでなく、無理矢理戦おうとした者にも幻惑効果を与えるとは! というより何となくオレや他の連中までもがフワフワした雰囲気になっていたのはこの花束が元凶だったからなのか?
「はは! こりゃスゴいわ! みんなお花畑になってらぁ!?」
「ダメだ。完全に幻惑されてしまっている!」
「よくも、小癪な真似を!」
「知らん、知らん! オレだってこんな小細工が仕掛けられているとは知らなかったんだ!」
不可抗力という奴よ! オレも狙った訳ではないので非難されてもどうしようもない! だいたい、その男は本来なら今ごろ首と胴体が分離していたはずなんだぞ? 死なずに脳内がお花畑になった程度で済んでいるのだから感謝してほしいものだ!
「くそぅ! これがこんなことになっていなければ……、」
(ボワン!!!)
「ん? 花束が刀に変わった? しかし刀身に何か書いてあるぞ?」
「ぷぷーっ!! ○○カスだって! まだあのままの状態で持ち歩いてたのかよ!!」
しまったぁ! 刀が元に戻ったのはいいけど、恥ずかしい文言が書いてあるままだったぁ! しかもフェイのヤツが何を書いてあるか暴露までしたぁ(※東洋の文字でで書いてあります)!
ようやくまともに戦える機会が戻って、汚名を返上できると思っていたのに! なんという仕打ち! どれだけ食い下がってでも、豪勢な貢ぎ物でもしてミヤコちゃんの機嫌を直しておくべきであった……。なんという不覚!