第362話 堕天使の騎士
「元天使だからってお高く止まってるんじゃないぞ! その思い上がりな鼻っ柱をへし折ってやる!」
「元だから今は天使ではない。私は魔王に仕える堕天使となったのだ。」
元は天翼騎士だった男が現在は魔王の力によって蘇り、その配下となった。天翼騎士が使うという鎧の代用品である悪魔の鎧を与えられ、堕天使の騎士となったのか。
「ここまでの話でも察したはずだ。今のお前では私の域に到達することは出来ん。何も出来ないまま、私の前に倒れ伏す結果になるだろう。」
「そんな事、やってみなければわからない!」
「若いな。それ故に誤った方向へと進む羽目になるのだ。」
男の余計な言葉は聞かずに徹底的に攻める! アクセレイションの強度を更に強め、限界に近い速さで相手に挑む! 並の相手なら集団であっても、ほんの数秒で斬り捨てられる程の力を使っている。
だというのに相手はこちらの攻撃を軽々しくあしらっている。大してアクセレイションの力を使っていない様に見えるというのにだ! 加えて、ある程度こちらの動きに先んじて行動しているようにも感じる。コイツは一体、何をしているというんだ?
「若いとは言え、剣術だけを見れば大した物を身に付けていると言えるだろう。だが、相手が悪かった。同じ装備を持った相手には、その何もかもが通用しなくなるのだ。」
「言うなぁ!!」
限界に近い動きをしても届かない、当たらない、砕けない。そのどれもが必殺級の一撃であるはずなのに剣もしくは盾によって捌かれている。徐々に相手はこちらを押すような挙動になってきて、狙った動きをしにくくされるような有様だった。
「この状況からそろそろ、お前が扱えていない力の正体がわかってきたのではないか? 私がこの様な動きを出来るのは、鎧の真の能力を使いこなしているからなのだ。」
「魔族の様な闇術を使える以外に何があるって言うんだ!」
相手はその謎に満ちた力を見せつけるように、オレの攻撃を動き出すまでに制し、攻勢に転じ始めた。オレが何をしようとしているのかを全て知っているかのような動きをしている。考えたくはないが、相手の行動を、未来の動きを見ることが出来るとでもいうのか!
「未来予測、それがこの鎧に秘められた真の力だ。先の未来を予測し、自分にとって最適な選択を取ることが出来るのだ。」
「未来を予測するなんて事が出来るものか! そんな大それたマネが出来るはずがない!」
「出来るからこそ、お前の動きが手に取るように理解できるのだ。」
(ガッ!!!)
「ううっ!?」
相手はオレの攻撃を先読みし、振り下ろそうとした剣を下から掬い上げるような一撃で跳ね上げ、俺の手から弾き飛ばした! 相手に一撃を入れるどころか、完全に無防備な状態に持っていかれてしまった。
「勝負あったな。お前の負けだ。」
「くそっ!? お前なんかに……。」
剣を突き付けられ、少しでも妙な動きをすれば首をはねられる、相手はそう思わせる程の気迫を放ち、俺を制している。俺としたことが情けない姿を曝け出す結果になった。命は取られていないがこんな状況に陥ってしまえば、死んだも同然だ。
「さてどうしてくれようか? このまま首を刎ねてしまうことも出来るが?」
「殺すならさっさと殺せ! 情けをかけられる事の方が俺にとっては屈辱だ!」
「ほう。ならばそうすることにしよう。」
「クソっ! ムカつく野郎だ!」
とどめを刺されたほうが楽ではある。敗北の痛みを受け入れ続けるくらいなら死を選んだほうがマシだ。だが相手は殺さない選択を取った。俺を生かしていても、絶対に負けることはないという自信の表れか? 未来予測出来るのなら、この後のこともお見通しなのだろう。その余裕がオレを更に苛つかせた。
「よう、あんちゃん! そっちは方が付いたみたいだな?」
「小僧一人を黙らせただけだ。戦力的には我らの方が不利であろう、剣豪殿?」
「何だ? 結構おしゃべりじゃないか? まともに話せるなら最初からそうしてくれよな!」
侍と戦っていたはずのムーザが堕天使騎士の側までやってきた。戦いを切り上げ、様子を見に来たようだ。離れたところには侍がいた。片膝を付いて刀を支えにして立ち上がろうとしている様に見える。オレだけではなくアイツも相手に苦戦を強いられていたのだろうか? 侍の強さをよく知っているオレとしては信じがたい事実だった。
「どうするよ? コレで一旦引き上げってことにしとくか? 大将の指示には逆らえんしよ?」
「コレでいいだろう。第一陣としては目的を果たした。」
「クッ!? 逃げるっていうのか?」
「安心しな、ボウズ。お楽しみはまだまだこれからってことよ。焦るんじゃないぜ。俺たちゃ、逃げるってわけじゃないんだ。この後のプランってのがあるんでな。」
プランとやらが何を指しているのかはわからない。羊の魔王はまだ何か秘策を隠しているのかもしれない。このまま戦えば、少なくともオレと侍は倒せそうなものを、それを捨て置いてまでプランを優先させるとは腹立たしいことだ!
「ちょっと待ちなよ! 鎧の人は名前さえ言ってないじゃない! 一旦帰るなら、名前くらい教えてくれたっていいじゃん!」
「名前か……。知ったところで、そこの小僧が絶望するだけになるのだが? 私と正面から向き合うのが更に困難となるであろう。」
「意味わかんないよ! 名前知っただけでそんな事になるはずが……、」
「我が名はアディン。今はそれだけしか言わぬ。私の素性を知ればもっと絶望することになるだろう。」
「何よそれ! 普通の名前じゃない!」
知らない人間が聞いたら、ごく普通のありふれた名前に過ぎない。この名前はオレにとって重大な名前であり、オレの根幹を揺さぶる程の重大な事実だった。信じたくなかった。オレにとっての大切な人間と同じ名前だということを……。