第356話 風爆障壁に阻まれて
「まさかここまでやるとは!?」
お嬢ちゃんの動きは自分の想像を遥かに超えていた。聞いていた話では魔王の魔力はほぼなくなっているってことだったが、闇術を駆使してアタイの動きに肉薄してきている。闇の気配を家事はするが、魔族のものとは違う。
黒くはあるが澄んだ色をしているように感じる。これを利用して風刃舞踏斬の風爆障壁を力技で突破してきている。
「暴風の壁を乗り越えられたとしても、アタイの剣捌きにドコまで追いつけるだろうね?」
「追いついてみせます! 出来なくても出来るようにする。それが勇者から教えてもらったことです!」
大体、武器の形が変わるだなんて、こんなレベルじゃないと思ってたよ。せいぜい、刃の形や向き、大きさを変えられる程度だと高をくくっていた。それがどうだい。大鎌から両刃剣に変形した!
大振りな鎌なんかよりコレの方がアタイの剣術に対応しやすいから変えたんだろうが、おまけに軽装の鎧にまでなっている! 何もかもが想像以上だ!
「風刃舞踏斬を1セット耐えきった! アンタのお師匠と同レベルに追いついたってことさね!」
「先生が手本を見せてくれたんです! それを見た私はその先に行かないといけないんです!」
健気なもんだ。師が見せた背中を乗り越えていく、それが弟子の役目だってことをよく心得ているじゃないか? アタイの弟子も師匠に出来なかった技術を身に付けていた。アイツはアタイに技術が追いついていないが、別のもので補おうとしていた。弟子っていうのは見ていない内に大きくなっているもんだね。
「よく凌いでいる! でも、防ぐだけで精一杯じゃないか?」
「必ず追いついてみせます!」
技が二巡目に入ってから更に動き自体を加速させている。普通ならそこまでで耐えきれず、瓦解して防御が崩壊する。この娘の師匠はそれで終わった。この娘は宣言通り、師匠よりも一歩前に進むことは出来ている。
でもコチラへの攻撃は以前届かないままだ。武器の特性上、受けからの攻勢までの流れは速いものの、コチラの攻撃が一瞬速くそれ制する形になっている。ここまで反応出来るのは大したものだが、あと一歩駆け引きが足りない。そんな余裕もないだろうけどね。
「これで追いつけないのなら……、」
「……!?」
お嬢ちゃんの武器の切っ先がアタイの目と鼻の先にまで一瞬で到達してきた! すかさずそれを払いのけるが、お次は土手っ腹を狙ったなぎ払いが来た! それも辛うじて凌ぎやり過ごした。明らかに相手の動きが速くなっている。例の闇術の段階を一つ上げたのかもしれない。このまま続けばやられるのはコチラの方だ!
「ちぇええぃ!!!」
「ああっ!?」
少々手荒い一撃で相手の武器を跳ね上げ、手元から強引に引き剥がした。そこから相手の攻勢は瓦解し、コチラの連撃を立て続けに浴びる結果になった。華奢な体は暴風に揉まれ地面に叩きつけられた。
「……はうっ!!??」
悲鳴は上げたものの、立ち上がるほどの力は残っておらず、そのまま気を失った。それを見たアタイは思わずため息をしてしまった。もう少しあの攻勢を続けられたらと思ったらゾッとしたからこそ出たものだ。
「終わりましたね、フェリスさん?」
「ああ、なんとかね。手強い師弟だった。後一歩のところでやられるところまで来ていた。」
ようやく戦いを終えたアタイのところにカレル達二人がやってきた。見た所、勇者一行は後二人いたはずだが、とっくに沈黙させているようだ。ろくに争った形跡がないから、エルフリーデが魔術で気を失わせたりしたんだろう。
「あなたがそこまで苦戦するとは……。さすがは貴女の娘さんだ、エルフリーデさん。」
「やはり私とは違う物を持っていますね、この娘は。私には到底出来ないことをやってのけているわ。」
倒れている娘を見て、その母親は暗い面持ちでその姿を見つめている。犯人はアタイだからちょっとばかり気まずい思いがする。本人も納得はしているだろうが複雑な気分だろうことは見て取れた。
「あのお方の血を受け継いでいるのでしょう。さすが我が師の娘さんだ。」
「良いことだけ引き継いでいるのならいいのだけれど、私の良くない所まで似てしまっているわ……。」
「それはどういう……?」
「大切な人のために無茶をしてしまうところが、です。フェリスさんの動きについていくためにこの娘は大変な無茶をしてしまっている。」
あの時の動きはおそらく、身体能力を向上させる術を行使していたから実現できたんだろうな。一部の魔族と戦った時に見たことがある。体格に不似合いな腕力を瞬時に発揮したりする闇術。
アレは化け物の体で使うのが正解であって、人が使えば体が崩壊する恐れがある。多分この娘はそうならない限界ギリギリの所まで発揮して、アタイに追いついてきたんだろう。壊れなくとも、筋肉に相当なダメージが入っているはず。しばらくは動くことも出来ないだろう。
「私の様な過ちをしてほしくなかったけれど、その思いは通じないものなのね……。」
「そんなことないだろうさ。少なくともアンタみたいに、この娘はしたことに後悔はしてないだろうさ。」
「そうなんでしょうか?」
「この娘自身も言ってたさ。師匠を超えていくんだってね。それくらいの逞しさをこの娘は身につけたんじゃないかい?」
アタイに出来るのはこんなことだけだ。娘を傷付けておいてなんて言い草だって言われかねない事をしているが、この娘の凄さの片鱗を評価できるのは本気でガチンコ出来たからだと思うんだ。子供のいないアタイがあんま偉そうな事は言えないけどね。