第336話 蛇の八条策
「もちろんあなたの技を研究していたのは私だけではないのよ。羊があなたのところにスパイを送り込んでいたわよね?」
スパイとはおそらくアイツのことだ。弟子志願でやってきた謎の男、ゲイリーだ。あやしくはあったが魔族特有の黒いオーラは感じられなかったから、受け入れてやった。だが奴は次第に残虐性をはじめとする暗黒面を見せるようになり、最終的には闇の力を惜しげもなく使ってきた。
「彼の研究の目指す目標と私の目的は違うけれど、あなたの技に対抗するためという部分は共通していたわ。動きをトレースするために彼が集めたデータを利用させてもらったの。」
「人造人間の研究から技を再現され、破られるなんて……。」
学院でのあの一件は俺が直接対面した出来事ではないが、直接戦ったエピオンやそ
れを見ていたミヤコからの話から知ったことだ。奴は人間ではなかったのだ。その証拠にそっくり瓜二つの個体を見たことがある。その前にある人物からの情報で知らされていたが、実際に目の当たりにするまでは信じられなかった。いや、信じたくなかったんだと思う。
「あなた達人間には血の滲むような努力の果てに得られる奥義なんでしょうけど、私達魔族にとっては研究解析の結果だけで再現できるほど容易いモノでしかないのよ。武力なんて野蛮な行為は知力・知性よりも下等なモノでしかないわ。ホホホ!!」
悔しいがそれは事実だった。俺が何年もかけてやっと完成させた奥義を解析だけで再現されてしまったのだ。武術の敗北とも言える事態が発生してしまったのだ。悔しいという他ない。これでは勝ち目がないじゃないか。
「私は二つも策を台無しにされてしまった。でも策は何重にも張り巡らしておくもの。何度破ったところで別の策があなたを絡め取る。それが”蛇の八条策”よ。」
「ハハ、八条かよ。よく言ったもんだ。蛇だけのことはあるぜ。」
「何感心してんだよ、このハゲ。」
「その通り。多頭蛇の首のごとく、一つずつ潰したとしても全て同時に潰さなければ倒せない伝説は知っているでしょう? それと同じことよ。」
西側の国に残る、古代の半神半人の英雄の話にそんなのが出てきたような気がする。複数の頭を持つ蛇を倒す話。毒も強力で倒した後、英雄が利用するほどの物であったらしい。俺は利用するどころか、たった今、それに苦しめられているんだが。古代の英雄には敵わないな。
「これで心置きなく死ねるでしょう? 切り札ともいえる技を封じられたあなたはただの人間に過ぎない。歴代の勇者に比べれば他の部分は大きく見劣りするものねぇ!」
「くっ!?」
魔王は再び技の体勢を取った。今度こそやられる。今度は直剣だけでなく、刀や槍まで構えている。同時に複数の”八相撃”を繰り出すつもりでいるらしい。前代未聞の事態だ。こんな芸当は人間には不可能だ。化け物だから出来る超人技だ。
「死んでおしまいなさい!!」
為すすべはないが、俺は自然に技の構えを取っていた。相手の繰り出す攻撃の一つなら相殺は出来るはず。だが、他はどうする? 他をしのげなければ死まで一直線だ。どうすることも出来ないのに悠長に構えを取っているのは何故か?
(バシュウウウウン!!!!)
技と技がぶつかりあい、激しい破裂音が発生した。この音と共に俺は死んでいくのか……。目をつむりながら、死を待ち受けていたが一向に何も変化しなかった。それどころか、魔王のうろたえる声が聞こえてきた。俺は死にきれなかったのか? ゆっくりと目を開ける。
「どうしてよ! 私は相手を三回殺せる程の攻撃を繰り出したのよ! おかしい! ありえないわ!!」
「あ……れ?」
何も状況は変わっていなかった。変わったのは互いの心情の変化だけだった。勝利を目前にした魔王はうろたえ、俺は予想していなかった展開に驚いている。それを見てパッチラーのは腹を抱えて笑っている。
「へひゃひゃ! だから言ったんだよ! もうアンタには勝ち目がないってな!」
「技を見切って、再現すらして同時に三つも繰り出せるのよ! これで負けるだなんて馬鹿じゃない!!」
「だから馬鹿だって言ってるんだよ。そうなることもわからずに馬鹿やってる間抜けなまおうにな。」
「あのさ? 俺もわかってないんだけど、この状況?」
「ここにも馬鹿がいたわ。馬鹿ばっかりで嫌になるぜ。」
イマイチこの状況が理解できていない。俺が繰り出せるのはせいぜい一つ。相手は剣、刀、槍で三つ同時に繰り出したにも関わらず、俺はピンピンしている。説明がつかないんだ。あんな事があって傷付きもしていないのはどういう原理なんだろう。
「所詮、原理だけ、上辺だけでなぞっただけでは技は完成しないってこった。アンタのはただの一つの次元だけに縛られた形だけの奥義だってことさ。」
「上辺だけですって! 現に私の技はそこの勇者のものより完璧なものだったはずよ! あんな不格好なモノに負けるはずがない!」
「現に負けてるじゃねえか? それが現実だぜ。アンタのは紛い物ってこと!」
なんでだろう? このハゲは何を知っているというのだろう? 第一、流派の人間でもないし、”八刃”を何度も見たわけはないはずだ。魔王のことすら見透かし、流派梁山泊の技の極意まで知っている。ますます謎が深まってきた。