第322話 生か石か? 命懸けのテレポーテーション!
「下ってどういうことだよ! まだ悪ふざけを続けるつもりか!」
最後の敵の居場所…それはこの地面の下だという。塔を登るというわかりやすい目標を表に出しながら、実はスタート地点の地面の下がゴールだったということになる。「灯台下暗し」なんて言葉があるが正にそのとおりだったわけだ。
「まあまあ、落ち着きなよ、旦那。それがわかってたってそのまま突入できるわけじゃない。非常階段と同じで塔を巡って四天獣を倒さないと到達できない。条件を満たした上で転移魔術を使う必要があるのさ。奴は正に地獄の底にいるからな。」
「地獄の底とか言ってたのは比喩じゃなくて、文字通りってことだったんだね。アタイもそのままの事実だとは思わなかったよ。」
封印を解いた上で転移魔法を使わないと到達できない……。正に地獄にいるから、地面の下に行く必要があるのだと言う。当然、地面を掘って行くことも出来るんだろうが、現実的な手段とは言い難い。だから転移なのか、と今更ながらに納得した。
「じゃあ使うぞ。覚悟はいいな?」
「もうとっくに出来てるよ!」
「アタイはもう十分すぎて、何度でもアイツをぶっ殺せそうな気がするよ!」
「作動させるぜ。」
パッチラーノは手にした魔導器を作動させ、周囲に魔力の力場を作り出した。魔導器を中心にドーム状の膜あ展開されていくのがわかる。その範囲内にいる人をまとめて転移させる仕組みになっているのだろう。いつになったら転移が始まるのかと怪訝に思い始めたその時……、
「覚悟っつっても、敵と戦うことだけじゃないぜ? 無事に転送されるかどうかも心配しとけよ。下手すりゃ、みんな仲良く、”石の中”だぜ!」
「早く言えよ、そういうことは…ぁぁぁぁぁ…!」
突然、転移魔法のリスクを言い出すパッチラーノに抗議している途中で、転移が始まった。眼の前の視界が歪み、ぐちゃぐちゃにかき回したような景色がグルグルと回り始める。ついでに地面に立っている感覚が喪失して上と下の区別がつかなくなった。気持ち悪い!
「…あぁぁぁぁ…あ? あれ?」
「無事、地獄の底についたみたいだぜ。石の中じゃなくて良かったな。」
「コレは……絵に描いたような地獄だね。思った以上に凄まじいよ。」
「ある意味、石の中にブッ込んだほうが楽だったってオチにはしないようにしろよ。」
気持ち悪い感覚が抜けた瞬間、薄暗く熱気に満ちた空間へと躍り出た。周りにはゴツゴツとした岩場が続き、ところどころ溶岩溜まりが点在している。暑いのはそのためで、本当に人が生きていくには不向きな空間、正に地獄なのだという実感が湧いてくる。溶岩の存在が本当に地面の下であることを証明している。溶岩は大地にとっての血液なのだという話が本当だったのかと思えてくる。
「さて、早速、主のお出ましのようだぜ。」
「ホホホ、ノコノコとやってきたわね。わざわざ私に八つ裂きにされるために。」
「アンタは! よくも私の家族を!!」
「なんなんだ、コイツは!?」
主が自分から姿を現した。浅黒い肌を持つ半裸で長身の美女。美女とはいえ人間の姿をしていない! 顔が二つ! そして腕が四本もあるのだ! パーツそのものは人間だが、複数ある体のパーツを持った化け物だった! 不気味で奇怪な姿に、さすがの俺も戦慄を覚えた。
「お前が魔王か? 悪趣味な見た目をしやがって!」
「ホホホ、失礼な事を言うのね。言っておくけど、コレはとある地域では神と崇められる由緒正しき姿なのよ。」
「神だって? 魔王が神様気取りでいるのかよ!」
「それはあなたの思い違いよ。だいたい人にとっては崇める宗教によっては、神やら悪魔やらに唸がえられるものよ。その人の認識次第でコロコロ変わるのが人の常だということを覚えておきなさい。」
姿に圧倒され最初はわからなかったが、こういう姿をした神がいるという話は聞いたことがある。俺の故郷のはるか南の国で崇められている神がそんな姿をしていたと思う。千年以上前の高名な僧侶がその国から経典を持ち帰ったという伝説もあったはずだ。はるか遠い国の文化なのでほとんど異世界のような話だと思っていたが、本当に目の当たりにすると必要以上にビビってしまうな。
「覚悟しな! その神だなんて、お高くふんぞり返っていられるのも今日までだよ! アタイがその首、その腕を全部切り落としてやるよ!」
「ホホ、威勢のいいこと。それでこそ、私も取り込み甲斐があるというものよ。」
「取り込む? 逆だね! アタイが取り込むのさ、アンタを!」
突然何を言い出すんだ? 眼の前にいる魔王がアカの家族の敵じゃないのか? 取り込むだなんて言い出したのは何故だ? いや、アカが腕や足、目玉まで奪われたと言っていたから当然か? でも若干、違和感を感じるのは気のせいか? アカが強くなって再び現れたことを喜んでいるようにも受け取れる。
「おめでたい子。あなたの記憶、いえ、存在そのものが全部作り物だってことに気付いてないようね。」
「何を言っているんだい! アタイはアタイだよ! 偽物なはずがあるかい!」
「おかえりなさい。私の分身よ。あなたが帰ってきたから、私は完全体に戻れるのよ。」
魔王はアカの腕を掴みグイと体を強引に引き寄せた! その一部始終はほんの一瞬の間に行われたのである! 阻止できなかった。アカを助けることさえ出来なかった。為すすべなく、アカは魔王に体を引き込まれ徐々にまばゆい輝きと共に飲み込まれていった……。