第312話 もういちどのぼってこれるか〜?
「ん……? ああ、ここは?」
目が醒めた時、俺は草原の中に転がっていた。どこかで見たことのある光景、似たような事が前にもあったような気がする。なんだっけ? 周りを見渡すと、遠くに塔が見える。その頂上は天高くそびえているので見えない。果てしなく続く塔。あの塔もなんだか見たことがあるような?
「行ってみるか、あの場所に。何か思い出せるかもしれない。」
頭の中が不明瞭な感じで、ほとんど何も思い出せない。だったらなにか知っている所へ行ってみて、それをきっかけに少しずつ思い出していくしかない。頭の中だけじゃなく体も怠く、動きも鈍って立ち上がることさえも時間がかかるような状態だったが、これも徐々に回復させていくしかない。
「ん? なんか人が近づいてくるぞ?」
塔に向かう重い足取りの俺の元に近づいて来る集団がいた。全身を青い鎧に見を包んだ集団だ。遠目に見てもあの青い鎧に既視感を感じる。誰だか忘れたが、知り合いが同じ鎧を付けていたような気がする。海……何故かその単語が同時に頭に浮かんできた。
「見つけたぞ! 捕縛対象はこの男だ!」
「え? 何? ちょっと俺が何したっていうの?」
いきなり問答無用で鎧の集団に取り囲まれ羽交い締めにされた。捕縛対象とかいきなり言われても困る。心当たりもないのに捕まえられるっていうのは気分が悪い。今現在、記憶が不明瞭だからほとんど思い出せないのでなんとも言えないのも確かだが。
「貴様は罪人だ。故に捕縛するのだ! それが正当な理由だ!」
「罪って何の罪? 一向に話が見えてこないんだが?」
「ならば、その証を見てみるがいい! そやつの左手の甲を見えるようにするのだ。」
リーダーらしき男は捕縛している部下たちに命じ、俺の左手の手袋を強引に引き剥がさせた。そして周りの人間に見えるように左手を前に出すような格好にさせられた。その左手の甲を見てみたら……”99”という数字が浮かんでいた。
「見よ! この罪を重ねた者の証を! もうすでに100人以上は手にかけているものと見られる。これだけで十分に捕縛どころか、即その場で死刑になりかねないほどの罪人なのは間違いないのである!!」
この数値が罪を犯した証になっているだと? 一体何があってこうなってしまったのだろう? 頭がこんがらがるばかりだ。けど微かに覚えている。時たま、この数字が増えていって気味の悪い思いをしたような気がする。そのたびに何か音が鳴っていたような……?
「この数値がなんだって言うんだ? 意味がわからない!」
「この数値は人間性の闇を数値化して体に刻み込ませる仕組みになっているのだ。神様が与え給うた福音の証だ。常に罪を意識することで悔い改める機会を与えてくださっているのだ! そんな事も知らぬとは罰当たりな人間め!!」
「そんなこと言われてもなぁ……。」
これは罪を犯した回数が記録され体に刻み込まれるっていうのか? ということは100近い罪を犯してしまったのか、俺は? というか100人以上手にかけたとかさっき言ってなかったか? そんなに罪深いことをしてきたというのに一向にそれを思い出せないのはどうしてだろう?
「その数値はあくまで貴様の余罪を示しているに過ぎん。問題はその中に含まれる一人を手にかけたからこそ、我々は貴様を捕縛せねばならんのだ!」
「逮捕される理由は特定の一人を手にかけたから? じゃあ一体、それは誰なんだ?」
「忘れたと申すか? それは……我が大洋の王国の王子、ホエール様のことである!」
「ほ、ホエールだと!?」
名前を聞いた瞬間、頭が落雷に撃たれたような衝撃が走った。それと同時にすこし頭の中がハッキリしてきた。ホエールと言えば大洋の騎士を名乗っていた男だ。なにか海に憧れているなんてことを常に話していて、いつか海のように大きな男になりたいと言っていた。だが、俺との旅の途上で命を落としたような……?
「我らの希望の星、ホエール王子の命を奪った事は許しがたい事実なのである! 我らが王は貴様をなんとしてでも捕らえよと、匿名を下されたのだ!!」
「王様が俺に罪を償わせようとしているのか……。」
まさかアイツが一国の跡取りだなんて思わなかった。そんな事は一言たりとも話していなかったし。話していなかったのは、この事実を知られたくなかったのでは、とも思う。後を継ぐのが嫌だから、家出同然で旅立ったのかもしれない。そういう話なんていくらでも転がっているし。まるでどこかの遊び人の娘みたいだ。
「我が王は貴様に聞きたいことがたくさんあるとおっしゃられていた。だからこそ生け捕りにし、自らの手で尋問と処刑を行うことを希望されておいでだ。」
「拷問の末に俺は処刑されて死ぬことになるのか……。」
「口を慎め! 拷問などではない。あくまで尋問だ。慈悲深き我が王がそのようなことをするはずがないのだ!」
とても尋問で済むとは思えない。愛する息子が殺されたのだ。たとえ王様であっても、俺に深い恨みを抱いているに違いない。正直に話したとしても真実ではないと突っぱねられるかもしれない。罪人として捕らえられるということは人権を失ったも同然の扱いを受けるのが世の常だ。そうとわかれば、俺の冒険もここで終わりを告げる事になるのだろう。