第306話 想定外の抜け道
「隊長、我々、同じところを何度もグルグル回ってはいませんか?」
「ええい、落ち着け、ゴッタ。この様な奇策は動揺したら負けなのだ。”心頭滅却すれば火もまた涼し”と言うではないか!」
我々は小娘たちの奇策に嵌り、正に五里霧中を彷徨っている。一人の娘を捕らえたと思ったのも束の間、煙のように吹き出した霧に包まれ、不可思議な空間に閉じ込められたと見られる。
「おかしいです。我々は歩けども歩けども果てしなく続く廊下を進むばかりでありま
す。霧に包まれた途端、この建物は無限回廊と化してしまったのでは?」
「おそらくは幻術の類よ。何らかのトリックで同じところを回遊させられているに違いない。術の起点となっている物を探すのだ。それさえ分かれば脱出できるはず。」
「今の所、違和感のあるところは見つかりませんな。よほど腕の良い魔術師が仕掛けたのでしょう。おそらくはあの少女達の手によるものではないと私は推測しています。」
「ほう、さすがミリガルド。そこまで分析していたとは、お前を同行させたのは正解だったようだ。」
ミリガルドは我が隊の中でも観察力に優れている。今まで敵の周到な罠を事前に察知し、未然に防いで皆を危険から守ってくれた事は数知れず。魔術に関しては専門外とは言え、これまでの様子から分析していたようである。
「彼女たちは呪符のようなものを手にしていました。しかも我々の文化圏とは異なる言語で記されているのを見ました。」
「なるほど。あの東洋人の娘が用意した秘策ということか。この対決の前、仲間に支持を飛ばしている様子ではあった。確かにあの娘が主導役として動いているのは間違いなさそうだ。」
あの集団、特に娘共の殆どが戦の心得がない者であるようだった。せいぜい魔術師の娘が少々戦えそうな雰囲気を醸し出していた。だが、たった一人、雰囲気の異なる娘がいた。それが渦中の東洋人である。
「確かにあの娘だけちょっとした立ち振舞だけでも隙一つなかったですね。明らかに、”武”の心得があるのは間違いなさそうでした。アレは只者じゃない。」
「ゴッタよ、お前もそう感じたか? 私も娘ならざる気配を感じた。アレは一流の武人にしか出せない気配だった。」
ゴッタは我々の中で一番の若手だ。経験が足りない故に洞察力が不足してはいるが、天性の勘と戦いのセンスは我々にも引けを取らない。そのせいで少々血の気が多く、暴走することもしばしばある。
「あの娘の戦闘能力は計り知れないものがあるが、戦略家としての一面も持ち合わせている事も警戒すべきだったな。」
「元々、我々に劣る戦力、人数で立ち向かおうというのです。我々が集団戦法を得意としていることを見抜いていたのは間違いなさそうですな。」
「自らの戦力も半減することを恐れず、片方、我らを出し抜いた二人を撹乱役と割り切
って運用することで、我々の戦力を半減せしめたのだ。まんまと嵌められたわ!」
元々、我々を攻撃することなど考えていなかった可能性が高い。潜んで罠を仕掛けていたのは、あえて我々を術にかけるための下準備だったのだろう。片方が裏切る芝居をした上で術の発動に必要な手順を踏んだに違いない。我々が挟み込まれる様な位置取りになっていたのはそのためだったのだろう。
「しかし、どう破ればいいんですかね? 東洋の魔術なんてどんな仕組みなのか全く検討もつきませんぜ?」
「系統は違うとはいえ相手を惑わす効果はこちらの文化圏の魔術と同じ。まやかしも元を辿れば原理は変わらないと思われます。魔力を用いている事に違いはないでしょ
う。」
「一見打ち破る手段のない、隙無き術の様に見えるが、一つだけ付け入る隙きがあ
る。」
「それは一体?」
「ここは異空間ではない。あくまで無限に続く通路があると見せかけているだけ、ということよ!」
異空間に閉じ込められたのなら、我々が脱出する方法はない。魔術師がいないということもあるが、異空間から脱出するには空間転移の魔術を用いなければ、通常は不可能とされている。
「我々がいるのは異空間ではない。周囲の風景が変化していない。ただ霧のような靄が立ち込めているだけである。ということはここであることをすれば術の綻びを招く事も出来るはず。」
「隊長殿、一体、何を行うというのです?」
「フフ、我々の最も得意とすることだよ。武力を以て術を打ち破るのだ。天井、もしくは床を破ればよいのだ。平面に移動することは想定していても、上下に移動することは階段以外は想定していないはずだ!」
「ハハ、こりゃ傑作だ! 能まで筋肉で出来てなきゃ思いつかないことだぜ!」
「さすが、隊長、頼もしい考えをお持ちのようで!」
異空間でないと分かれば物理的に干渉することは可能なはず。行く先を惑わす術ならば、我々からも進行方向を惑わせてやればいいのだ。つまり相手の想定していない方向、上下を攻めればいいのだ。この術はおそらく屋外であればこの様な隙きも生じなかったはず。逆に言えば屋外であれば負けていたのは我々の方だ。
「どうします? 上から行きます? 下から行きます?」
「いや、下からだ。ヤツらは下に降りて行ったのだ。まずは下から探せば良い!」
(ガッ!! ガッ!! ドガッ!!!)
そう決まった瞬間から、我々は手持ちの武器で床を破壊し始めた。真下にいるとは考え辛いが、指示役の東洋人の娘は下階にいる可能性が高い。私の予測が当たっていれば、デイヴィット達と交戦しているはずだ。
「後もう少しだ! 自分たちも落ちてしまわないように気をつけろ!!」
「わかってるって!!」
(ボゴアッ!!!!!!!!)