第297話 小さい”つ”が入ることだけは憶えてるんですぅ!!
「抜け道はともかく、アンタ一体何者なんだ?」
「いえいえ、何者でも漬物でもございません。どちらかといえば小心者ですがね。」
「誰がうまいこと言えと……。」
怪しいことこの上ない人物の登場に俺は戸惑っていた。敵か味方か、それすらもよくわからない。少なくともわかるのはクルセイダーズのヤツらと同様に全身鎧…もといなんちゃらスーツとかいうヤツを着ていることだけだ。
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それだけでただの一市民ではないことはハッキリしている。アキラによれば基本的に軍隊ぐらいしか持っていない兵器であるらしい。
「コチラの下水道を辿ればあちらの駐屯地内に侵入することが可能なんです。」
「なんか都合良すぎない? なんでアンタが知ってるんだ? 抜け道どうこうの前に名前を名乗れよ。」
「名乗るほどの者ではございませんので。」
「ますます怪しいだろうが! 名乗れって言ってるだろ! じゃないと”名無し”さんと呼ぶことになるぞ!」
「ひいぃ!? それだけはご勘弁を! それでは”アノニマス”とでもお呼び下さい。」
あのにます? あの2マス? 囲碁とかチェスのマス目のことを言ってるんだろうか? 不思議な名前だ。本名とかではなく偽名の可能性もあるが……? それよりもアキラが首をひねって、疑念の目を”あのにます”と名乗った男に向けている。
「おい、アンタ! その名前、本当の名前ではないだろ? ”アノニマス”ってのは昔、電算機ネットワークが盛んだった頃、匿名を意味する言葉として使われてたらしいぜ? この二人はともかく、俺は知ってるから誤魔化せないぞ!」
「ひいぃ!? ごめんなさい! どうしても本名を名乗らないといけませんか? 私が名乗ったところで話には影響なんて出ませんし。」
おやおや、早速バレてしまったようで? 聞き慣れない単語だと思ったら、この世界での用語だったらしい。しかも”匿名”を意味する言葉だったとは……。それだったら、俺が提示した名無しさんと大差ないじゃないか! 一体何考えてんの? ますます怪しさが瀑上がりになった。
「影響ないんなら話しな! ここまま名乗らないんなら、アンタをヤツらの前に突き出して、アタイらの囮として使わせてもらうよ!」
「ひいぃ!? ごめんなさい! じゃ、じゃあ、ラップ・トップで!」
「じゃあ、ってお前……。ラップトップってお前……。」
「だってホントなんですって! 実は言うと私は記憶喪失なんですぅ! ぎりぎり、カップとかラップみたいに小さい”つ”が入ることだけは憶えてるんですぅ!!」
「なにそれ……。」
なんか急に記憶喪失設定が飛び出してきたぞ。更に怪しくなってきた。だが嘘をつくにしては妙な記憶な感じはするので、ギリセーフということにしてやろう。小さい”つ”が入ることだけ憶えてるって、どういう記憶の無くし方なんだろう? よくわからん奴だ。
「膝の上……。まあいい。早く案内してくれ。」
「は、はい! お安い御用でございます!」
なんか凄い無駄に時間が消費されてしまったが、目的の侵入を開始しよう。下水道は丸い金属の蓋の下に続いていた。下へははしごで降りるようになっており、地下の更に地下進んでいるという感じだ。俺らが先に降りていると、ラップ・トップが降りてきていないことに気付いた。
「おい、コラ! なんでお前が降りてこないんだ!」
「ハハ、ご冗談を。このスーツを着た状態では穴に引っかかってしまうんですぅ。」
「だったら脱げばいいだろ! そんな大げさなモン侵入するときにはいらない! 身軽な方が向いてるだろうが!!」
「脱ぐわけにはいかないんで。色々と見せたくない物が見えてしまいますので。」
「見せたくない物ってなんだよ!」
「それは秘密です。」
「言えよ!!」
もうなんかイライラしてしょうがない! 何でもかんでも秘密づくし! 鎧で下水道に入れないとかほざくし、秘密がだだ漏れになるから脱ぐことも出来ないとか言いやがる! 目的果たして戻ってきたら、鎧を引っ剥がして下水に叩き込んでやりたい! というか入れないクセに、ここが駐屯地の中に続いているという事実をどうやって知ったのだろう?
「じゃあ、私はここまでということで。ここは蓋しておきます。臭いものには蓋をとはよく言いますもんね。」
「誰がうまいこと言えと……。」
なんかそそくさと蓋をシメやがった。その行為はクルセイダーズに見つからないようにするためというより、俺達からの追求を逃れるため、だったように思えてならない。何もかもが怪しいやつだった。
「ところで、アキラ、お前が事前に調べていた隠し通路とやらもここを利用するつもりだったのか?」
「ん? ああ。俺のも同じだ。同じだったからこそ、黙ってこの下水道に入ったんだ。アイツがいなくても、どの道ここを利用することになったはずだ。」
「なるほど。そういうことか。」
「でも、あんな奴がいたことは完全に想定外だったけどな。……お、あったぞ。多分あの場所から駐屯地に入れるはずだ。」
下水道の中を進みしばらく進んだところで、アキラが見つけたようだ。確かに距離と方向的に駐屯地の敷地内なのは間違いなさそうだった。ここも入ってきた時と同様にはしごになっているので、それをひたすら上っていく。
「ヨシ、じゃあ開けるぞ!」
先頭を進んでいた俺は蓋を開けて外に出ようとした。ガパッ、と開けようとしたら、案外軽かった。入る時に見たときは金属で出来ていたから重そうに見えたんだけどな……? なんか妙だな?
「モグラが一匹、おいでなすったようだな。さっきのリークの通りだ。」
「は、はひ? 皆さん、総出でお出迎えとは大したサプライズな様で……。」
蓋が軽いと思ったら、敵さんが持ってくれてたからだった! 穴から引きずり出され、まわりを見てみたら、なんちゃらスーツで身を固めた連中に取り囲まれていた。見事に待ち伏せされていたようだ!