第285話 ある意味詐欺だぜ、コレは!
「随分とキャラが変わったじゃないか! まるで別人だ!」
豹変したハゲは火炎を纏った蛇の様にうねる仕掛け槍で俺を翻弄する。先程までの慎重且つ堅実に攻めてくる戦法とは真逆の動きで攻めてくる。速い上に、軌道も読みづらく火炎まで纏っているのだ。
致命傷はかろうじて捌いているが、完全に外すことは出来ずにその殆どが体のどこかを掠めている。切り傷に火傷が無数に増えていく。いずれは力尽きて倒れるのは時間の問題だった。
「うっせぇ! アンタが俺をマジにさせたのが悪い! こうなったらただじゃおかねぇ。徹底的にやるまでだ!!」
血走った目に、口角が上がり狂気的な笑いに引きつった表情。今まで飄々と他人の戦いぶりを眺めて薄ら笑いを浮かべていた男と別人の様になっている。見た目の性格だけじゃない、槍の使いぶりまでまるで違う! ここまでのやり取りが全て嘘だったかの様に感じさえする!
「義手だけでよく捌く! これじゃ剣士じゃなくて拳闘士みたいだぜ!」
「一応、素手での戦い方も手解きを受けているのさ! 武器を取り上げたり、壊したりする奴がいるから、こうでもしておかないと生き残れないんだ!」
「確かに戦闘のプロじゃねえな! 生き残る事に特化した人間のやり方だ!」
自分でも我ながら大した戦いぶりだとは思う。剣を途中で取り落し、ほぼ義手だけで槍を受け流している。受け流すのは大丈夫だ。あくまで武器が使えない状況に陥った時の対処法を黃ジイから教わっていたのだ。
当人は逃げるのが一番とは言っていたが、それでもと何度も頭を下げて渋々教えてもらったという経緯がある。逃げ足の遅い、逃げる機会を見定めるのが苦手な俺にはこれが得策だと考えていたからだ。どうも俺は逃げ道を塞ぐのがうまい相手と当たることが多いのだから仕方ない。ヤツらは確殺の思いで挑んでくるんだから。
「いつまでも素手で持ちこたえられると思うなよ!」
その穂先は俺の心臓の位置を狙っている! しかも、今は直前の攻撃を受け流した後で体勢をくずしている。このままでは貫かれる! このままでは死ぬ! 避けられない! ……だったら狙いの心臓だけは外れていればいい!
(ドズッ!!!)
鋭い痛み、火炎の熱で焼かれる痛みどちらなのか判別できない痛みが肩口に走る! 躱す、受け流すのではなく、攻撃の狙いをずらして、敢えて受けるという行動を取った! 手痛いダメージだがコレは同時に相手の武器を封じる行動でもあった! 痛みに耐えつつ、穂先を逃すまいとガッシリ義手で掴む!
「くそっ! わざと喰らって槍を捕らえやがったな! こしゃくなマネを!!」
「これぞ、戦技一❍八計、鉄鎖拾縛! 相手の攻撃を敢えて受けて武器そのものを自らの体に釘付けにする! リスクは絶大だが相手を鎖で縛り付けたも同然。相手をも窮地に引き摺り込む、禁断の奥義だ!」
これはある種、”骨斬肉断”と同様に禁じ手となっている闘法だ。絶命が必然となっている状況で使うための、相手を道連れにしてでも仕留めるための最終闘法なのだ。命を落としてでも、確実に倒さないといけない、そんな状況に追い込まるのはどうかと思うが、自分には実力が不足しているのだから仕方ない。”骨斬肉断”といいこんな技を2回も使ってしまったのは俺ぐらいしかいないだろう。
「離せ! 離せつってんだろうが!!」
「離さないね! コレは意地でも離さない!!」
「何でだ! そんな体格じゃ握力なんてたかがしれてるってのに!!」
そう、普通ならな。昔みたいに素手だったら無理だっただろう。残念ながら義手だ。義手はどうやら俺の本来の腕力以上に力を引き出してくれているらしい。あまりにも強すぎるためか、槍自体にも着実にダメージを与えているようだ。しかも奴が無理やり引き抜こうとしているために、それを悪化させているとも言える。
「こなクソォッ!!!!」
(ブチィィッ!!)
仕掛け槍の関節ごとを繋ぎ止めている鎖が切れた! 無理に抜こうとした結果が引き起こしたアクシデントだった。これで相手の拘束も解かれたも同然だが……その隙きを逃さず、俺は相手の懐に飛び込み、必殺の一撃を叩き込んだ!
(バスゥン!!!!!)
「ぐぼぁっ!!!!」
義手による鉄拳を相手の土手っ腹に叩き込んだ! 相手の金属鎧を粉砕するほどの衝撃が体ごと吹き飛ばす結果となった。吹き飛んだ末に床に叩きつけられ、ゴロゴロと何度か転がった挙句、相手は仰向けに倒れ込んだ。
「ある意味詐欺だぜ、コレは! 勇者ってのは剣士じゃなかったのかよ!」
「悪いな。俺は剣士として腕は中途半端だったから、他で補う必要があったのさ!」
奴は抜け目がなかった。アレほどの攻撃を受けたというのに穂先の消失した槍を手にしている。あまつさえ、その状態で立ち上がろうとしていた! その姿に気付いたと同時に俺は走る!
「獄門急所封じ、その一、閉門封腕!!」
(ゴギイッ!!!)
「ぐおあああっ!!??」
「許せよ! 殺したくはないが、アンタに殺されるわけにもいかないんだ!!」
間違いなく戦う意志は相手にあった。槍が壊れたとはいえ多節棍としては機能している。血走った目にも闘志が感じられたから瞬時に行動した。殺さずとも、せめて戦闘不能にしなければいくらでも立ち上がってくる。そういう相手には迷わず”獄門急所封じ”を使うことにしている。それは黃ジイの教えでもある。
「その二、亡門封肩!!」
「くそっ……タレ!!」
これで完全に戦う手段を完全に奪った。魔法でも使えるのなら話は別だが、少なくとも己の体を駆使した戦闘行為は行えないはず。これ以上は戦う必要はない。それはお互いがそういう状況だからだ。
「負けちまったぜ。さっさととどめを刺しな!」
「断る!」
「こんなになったとしても、コレか! 甘ちゃんにも程があるぜ!!」
両腕は利かなくした。だが、奴は足の脚力だけでスッと立ち上がった。宮殿の外壁、ちょうど窓のようになっているところへ腰掛けるような体勢を取った。
「だから言ったろ? この塔は犠牲を払わないと先に進めないんだ!」
「ま、待て!!」
奴はそのまま後ろへ倒れ込むように窓の外に落ちた。犠牲? ということはまさか……!
「結局、借りは返して貰えないままだったなぁ!!!!」