第28話 賢者の石
「検索!」
トープス先生が部屋全体に文字列検索の魔術をかけた。今はフェルディナントが所有していたとされる“賢者の石”を捜索するため、彼の研究室を訪れていた。その中で手掛かりを探すため、書物に対して魔術をかけたのだ。
「うーむ。さすがに資料の数は膨大なだけあって、検知に時間がかかる。小規模の図書館並みですな。」
もともとトープス先生はダンジョン研究を行っていたので探索用魔術の使い手だ。検索は文字列のみならず、罠や魔道器に施されたスペルさえも検知可能だ。使い慣れた魔術でも検知に時間がかかるほど、フェルディナンドの所有物は膨大なのだということがよくわかる。
「結果は出ましたが、“賢者の石”に該当する文字列は見当たりませんね。別の単語で試してみましょう。」
「では、“無限の心臓”はどうでしょう? R学長もそのような単語を話されていましたし。」
やはり一筋縄ではいかない。手掛かりさえ念入りに伏せていたのだろう。本人は“賢者の石”と呼んでいなかった可能性もある。事実、世間一般はともかく、この学院の魔術師達でさえ、その存在を知らなかった。余程の禁則事項だったのだろう。
「……“無限の心臓”もダメですね。全く検知できません。」
「こうなったら、地道に一つずつ探っていくしかないかもしれませんね。では不老不死はどうでしょう?」
……その後、何種類か関連がありそうな単語で検知をかけてみたが、それらしい手掛かりは見つからなかった。ここからは魔術での検知は諦め、直接手探りで捜索するしかないのかもしれない。
「結局、わからずじまいでしたが、何度も検知をかけている内に少々不自然な所がありました。」
「それはなんでしょう?」
「対象の単語を検知するついでに多く使われている文字列に関しても検索をかけていました。コアという単語が頻繁に登場しているようなのです。」
「コア? 一体何の事なのでしょうか?」
コア……魔術としてそのような単語が使われるとすればゴーレム等魔法生物に関しての事だ。でも不自然だ。フェルディナンドはゴーレムの研究はしていない。タルカスに対して魔術回路の改竄を行った事実はあるようだが、ゴーレムその物を製造したわけではない。彼の専門外の領域のはずだ。
「その資料はどこにあるのですか?」
「特にあの場所にある資料にそれが集中しているようです。」
トープス先生はその場所を指差した。そこには何もなかった。只の壁でしかない。なのに文字列の反応だけがある。ということは何らかの隠し部屋がそこに存在しているのかもしれない。
「普通に探しても見つからないはずです。隠し部屋を魔術で検知できないよう、物理的に閉ざしていたみたいですね。」
魔術を使ったカムフラージュなら幻術などを駆使している場合が多いので、魔力の感知を使えばどこにあるかは捕捉しやすい。だが、ここのように最初から建築して隠してあるのであれば魔術師の専門外だ。腕利きの盗賊等、スカウト技能の持ち主でなければ発見は難しい。我々の場合は運良く検索で探し当てられただけだ。これがダンジョンだったら見つけることは出来なかっただろう。ここのように書物が多数存在しているわけではないのだから。
「ここの壁を壊してみましょう。」
ここは私の出番だ。スター・バーストの威力を絞り小さく穴を開け、少しずつ穴を広げていった。徐々に内部がさらされ、小規模な隠し部屋の姿が明らかになった。
「こんな所に隠していたとは……。」
「ここにある資料に反応していたようです。まだ賢者の石の手掛かりとは断言できませんが、調べてみる価値はありそうですね。」
二人で手分けして資料に目を通していく。そこには“コア”なる物質の精製方法、実験についてのメモなどが書かれている事がわかってきた。
「これは魔力結晶……? これがコアと呼ばれる物の正体?」
「魔力結晶は本来、魔力を実体化させる過程で生み出されたものだったはず。これはフェルディナントが求めていた不老不死に繋がる物だったのでしょうか?」
魔力結晶とは伝説の金剛石の王が生み出したと言われる物質だったはず。これを原料にした物は最上の品質で不滅の耐久性を持つとされている。古代遺跡でこれを使用した武具や魔道器がよく発見されるが、価値は高く、高値で取引される事が多い。魔術との親和性が高いため、魔術の杖の原料とされることも多いのだ。
「一つ気になる記述が存在します。スカーレット・コアなる物の精製に成功したと。」
「コア……そう呼ぶと、あのデーモン・コアの事も連想してしまう。何か関係があるんでしょうか?」
不老不死とコア。一見、関係のない単語のようにも思えるが、デーモン・コアの持ち主である魔王と関連付けるなら意味は通る。何故なら、彼ら魔王も不死身且つ不老不死なのだから……。




