第272話 魔王とはいえ所詮、牛!
「この角で串刺しにしてやる!」
クラウド・タイガーこと白い虎はパッチラーノ、アカ・シャッセに任せ、俺は赤い牛男と戦うことになった。闘いが始まると同時に牛は猪突猛進、速攻で頭の角を俺に向け突っ込んでくる。もう完全に俺のことしか目に入っていない様な感じだ。
「そんな単純な攻撃でやられてやるもんか!」
その姿はまるで、闘牛の牛の様だった。闘牛とは牛と人が一対一で戦う聖都近郊の地域の伝統の競技のことでる。薔薇騎士団の団長ロレンソが得意としている競技で、聖歌隊にいた時に一度見せてもらったことがある。
「お前をこの角で串刺しにして、ゆっくりと生き血をすすり、その後にゆっくりと噛み砕きながら食してくれるわ!」
「お前のエサになんかならないよ! そんな見え見えの攻撃が聞くと思うな!」
あのときの牛はロレンソにいいように誘導され、猪突猛進な突進を繰り返した上で仕留められた。ただの牛でも一歩間違えば命を落とすのは人間のほうだが、習性を見極めれば傷を負うことなく勝つことが出来るという例だった。しかし目の前にいるのは魔王。そんな普通の牛とは違う知能を持った魔族のはずなんだが……。なんかもう頭に血が上っていて、ただのモンスターと化している。
「くそー! こうなったらこうしてやる!」
「なんでそういう発想になるんだよ!」
何度突進しても俺に躱され続けた牛は、角を伸ばして貫こうとしてきた。真っ直ぐに伸びるだけじゃなく、避けようとすれば曲がって追いかけてくる。角というより触手みたいだ。なんか無駄なアクセレイションの使い方をしているような気がする。
「フハハ! どうだ恐ろしかろう! 俺の角はドコまでも伸びてお前を追いかけるぞ!」
「ドコまでもって……限度ってもんがあるだろう。」
伸びてくるが、あまりにも伸びすぎて辺り一帯が角で埋め尽くされてきた。そこまで早いわけではないので避けるのは容易いが、避ける空間がなくなったらどうしようもない。でも、それは同時にヤツ自身にもデメリットを与える結果にもなっていた。
「くそっ!? コレでは前が見えん! 卑怯な!」
「それはお前自身の自業自得だろうが! 俺のせいじゃない!」
「避けるからいけないんだぞ!」
「これにおとなしく刺さる奴がドコにいるんだよ!」
伸びまくってこんがらがった角に空間が埋め尽くされ、ヤツ自身の視界さえも奪っていた。なんか馬鹿過ぎる。ここまで残念な奴だとは思わなかった。あくまで奴は羊の魔王が再現した偽物。本物よりは大分劣化していると思いたい。
「く、くそう! こうなったら、奥の手だ! 俺の能力を見せつけてやる!」
「今度は何をするつもりだ?」
伸び切った角を自らへし折り処分した後、牛は何か魔法を使う様な仕草をした。目の前に何やら転送門の様な力場を形成した。コレは何だ? まさか逃げたりとかするんじゃんかろうな?
「俺は数いる魔王の中でも、大の迷宮好きとして名を馳せている。迷宮のことを語らせたら俺の右に出る者はいない!」
「だから何で今の展開に迷宮が関係してるんだよ! 意味わからん!」
「何故かって? これだから素人って奴は! 今から俺の怖ろしさを見せつけてやる! うおりゃ!!」
「ちょっ!? 待て!!」
恐ろしさを云々ぬかした挙句、牛は転送門に飛び込んでいった。逃げた? これは逃げたとしか言えないよな? なんだか知らんが、こことは違う空間に逃げてしまったようだ!
「フヘへ、さすが相棒! 奥の手を出し惜しみすることなく使いやがったぜ! しかもタイマンで使うとは、ヤツぁ、本気だぜ。覚悟するんだな!」
なんか虎は牛が逃げ出したところを見て、得意げな笑いを上げた。味方が敵前逃亡を計ったというのに、楽しそうにしている。その間もアカは攻撃を止めていないため、フルボッコにされている。なんともシュールな光景だ。
「お前、大丈夫? 3対1になったのに随分と余裕だな?」
「違うんだよ! アイツがアレを使ったっていうことは、10倍の戦力を得たも同然! 二人だけじゃないんだよ! 1+1は2じゃない! 俺達ゃ二人は1+1=200だ!! 10倍だぞ、10倍!!!」
「ちょっと待て、計算がおかしい! お前、おかしいこと言ってるぞ!!」
「ちげーよ! お前が馬鹿だから理解できないんだよ! 見たか、コレが悪魔の頭脳だ!!!」
「旦那、馬鹿につける薬なんてありゃあしませんぜ。付き合うだけ無駄でさぁ。」
うーむ、なんかやっぱりバカさの次元が違うようだ。完全に脳みそまで筋肉になっていないと出来ない発想だ。あまりに発想が異次元過ぎて、法則が乱れてしまいそうな感じだ。実際に計算の法則が狂ってるんですけどね!
「さあ、入れ! 今すぐに! 入らないとアイツが寂しがっちまうだろうが!」
「明らかな罠に飛び込む馬鹿がどこにいるんで?」
「いいさ! やってやる。敢えて罠に飛び込んで、どんな手段を使っても敵わないことを証明してやるさ!」
「あっ! 旦那!」
俺は意を決して転送門に飛び込んだ。どんな罠が待ち受けていようと倒してみせる。こうまでしないと、エルたち親子が苦しめられた事への復讐にはならないからな。覚悟しておけよ!