第266話 スゴクツヨクナール 〜悪魔のしっぽ風味〜
「アホボケカス! お前なぞ、カスカスの味噌っかすのカスうどんにしてくれるわぁ!!」
ソード・ダンの狂乱的な行動は止まらない。なにか演説じみた俺のディスりから始まり、最終的にカス呼ばわり。途中からネタが尽きたみたいに雑な言動に成り果てているが……。なにが敢えて言おう、だ! 言わなくとも俺がカスなのは公然的なことであるかのように振る舞っている。最初会ったときは自分をひたすらディスりまくるネガティブ全開野郎だったのに。一体、コイツの身に何があったのだろう?
「止めないと本当に斬るぞ? 意味のない戦いは辞めるんだ!」
「意味がないとは何事だ! コレは私自身の自由と正義のための戦いだ! 止めるものは何人たりとも許さないぃ!!」
自由と正義のため? この行為がそんな理想につながるとは思えない。逆恨みした相手を倒すことがこの先の人生にいい影響を与えるとは到底思えない。ここは正体不明の邪悪な思い込みを叩き切ってやるしか無い。
「霽月八刃!!」
「はうあ!?」
半狂乱の攻撃を自らの剣で弾いて受け流し、守りがあったがら空きになったところへ一撃した。もちろん、体を斬ったわけではない。コイツに取り憑いている何かを斬り伏せたのだ。
「ああ……あああああぁァァァっ!?」
「どうした? しっかりしろ!」
「もうダメだ! 俺はもうダメだ! 取り返しがつかない! もうどうにもとまらないんだぁぁ!!!」
斬り伏せて正気に戻るかと思いきや、今度は違う意味で半狂乱な状態になった。今までの行動、言動を後悔しているようだ。これはある意味元の性格に戻った結果なんだろうが、今度は逆に自分を責め始めているように見える。元がネガティブ全開だったからこそ、このような事態になったのかもしれない。
「もうコレは死んで楽になるしかなぃぃぃ!!!」
「あっ! 待て! その先は……、」
「コレで俺は永遠に悩まずに済むんだァァァァァァ……、」
奴の声がどんどん遠のいていった。塔から飛び降りたのだ。そう、この塔は内部が完全に密閉されているのではなく、所々、外壁がなく外が見える構造になっているのだ。奴は全力でダッシュしそこから飛び降りたのだ。高さは言うまでもなく雲の上にまで到達しているので、何かの間違いでも起きない限りは助からない、という事になる……。
「ちくしょう。落ち着いて俺の話を聞いてくれれば、共に塔の上を目指せたかもしれないのに。」
「狂人に何を言っても無駄でさぁ。性格が急変したのはコレのせいみたいですぜ。」
ソード・ダンの死を悔やむ俺に、パッチラーノは相変わらずの冷めた様子で諌めようとしている。そのついでにソード・ダンが落としたと思われる物品を見つけ、俺に見せてきた。それ空き瓶、何かの飲み薬のような瓶だった。ラベルに書かれていたのは……、
《スゴクツヨクナール 〜悪魔のしっぽ風味〜》
「なんだコレは? なにかの冗談みたいな薬じゃないか?」
「知らないんですかい? この世界じゃ常識ですぜ? 単純に強くなるには薬を一発キメるのがこの世界の常識なんでさぁ。」
「は? 薬でドーピング? 何おかしなこと言ってんだ? そんなので強くなれるワケ無いだろう? 特にアカ・シャッセは違ったじゃないか?」
違和感のある物言いだ。そんな薬だけで強くなれるんなら誰も苦労しない。俺だって色々修行したから強くなったのであって、何か薬を飲みまくった結果というわけではない。それにアカ・シャッセは倒した相手を取り込むことによって強くなっているじゃないか? その事実と明らかに矛盾している。
「アカ・シャッセは違いやすぜ。アイツはモン・ハンター族って言いやしたよね? 種族が違うんでさぁ。アイツラは魔物を取り込んで強くなるのと同じように、人間族は肉体強化の薬の力で強くなる。何かを取り込んで強くなるのがこの世界の常識なんでさぁ。」
「何なんだよ、それ……?」
空いた口が塞がらなかった。驚愕すべき事実だが、とりあえずこの世界ではソレが常識であるらしい。俺が何を言おうとこの世界の法則なのは間違いなさそうだ。やはり、俺が元いた世界とは常識や法則が異なっているということを頭に入れておいたほうが良さそうだ。おかしいと思った所でソレは解決に向かわないのだから。
「そう言えば、アカ? アンタ、魔物に対しては問答無用で襲いかかるくせに、ソード・ダンが襲いかかって来たときは何もしなかったな? アレはどういうこと?」
「どういうことって、決まってるじゃない。アタイは魔物を取り込まないと強くなれない。あんなのを取り込んでも逆に弱体化するだけだからね。当たり前の話よ。」
「そういうこってすな。得にもならん戦いには手を出さない。それが常識ってもんですぜ。」
「うん、まあ、そこまで言うんなら仕方ない、か……。」
イマイチ、釈然としない。この世界の住人は色々とおかしい。何か損得勘定で物事を判断しすぎているというか……。そこまでして目的を成し遂げる事に価値はあるんだろうか? 彼らの目的の先には何があるんだろうか?
(チーン!!!)
まただ! あの音がなった。急いで手の甲を確認するとまたしても数字が変化していた! 今度は”5”から”7”に変化していた。これは一体何を示しているんだ? だんだん怖くなってきた。
「ほー、意外と遅かったですなぁ。割としぶといようで。」
「何の事を言っているんだ? 何か知っているんなら、教えてくれよ!」
「あっしからは何も言えやせん。ソレが”人間性”ってモンでさぁ。」
まったくもってわからない。コイツは絶対に何かを知っている。知った上で俺にその事実を隠している。一体、この数字は何を示しているのだろう? それに加えて”人間性”ってのは何なんだ? 頭がこんがらがってくる……。