第236話 ”X"と”Y”
「帰れ!!」
「な!? 別にまだ塔に行くとは言ってないよ!!」
話に入る前に即決で追い返す! 古典的な堅物の衛兵ばりに簡潔な言葉を使った。正体は分っている。ヤツの性格ならば、いつまでもネチネチと駄々をこねるに違いないのだ。相手のペースに決して飲まれてはいけないのだ! 決してな!
「ココにいるということはあの塔に向かっているものと見なす。帰れ!」
「な、何よ! ただ通りがかっただけじゃない! 勝手に言いがかりを付けるのはよして欲しいわ!」
「じゃあ、何しに来たんだよ?」
「まあ、その、遠見の見物をしようかなと。あれだけ立派な建物がそびえ立ってるんだよ? 塔に呼ばれているような気がするとか、そういうヤツ! そこに塔があるから、ってドコかのエラい人も行ってたと思うし、そういうことなのよ!」
「どっかの冒険家みたいなこと言うな! 呼ばれている、って十中八九、魔王に誘導されてるじゃないか!」
あの太眉の冒険家みたいなこと言いやがって! やっぱり魔王の術中にハマってるんじゃないか。そんなふわっとした考えで行動してるから、短期間の旅の道中で食料が尽きるんだろうが! しかも、今回は早速新メンバーまで引き連れているし……。
「じゃあ、あの場所に行くためには身分を証明しないと行けないんだとしたらどうする? 怪しいやつを通すワケには行かないんだよ。行きたきゃ、名を名乗れ!」
以前、聖歌隊を抜け出してお忍びで暴飲暴食をしに来ていたときと同じ格好をしている。要するにミスター?Xである。見るからに女の子なのに性別すら偽るふてえ輩だ。当然、同伴の新メンバーにも同じ傾向の変装をさせている。
「ご存知、謎のグルメハンター、ミスターXであ〜る!!!」
「右に同じく、ワタシ、ミスターY、いう者アルよ!」
「ご存知じゃねえよ! 何、皆知ってるみたいな言い分なんだよ! 胡散臭さだけなら限界突破してるクセによぅ!!」
自分で”謎の”とか言ってる時点でアウトだろ。しかもグルメハンターが通れるわけがないだろうが!そんな職業のやつがダンジョンに行っていいはずがない。偽名も適当すぎてひねりがなさすぎる。まるで怪しんでくださいと言っているようなものだ。なんだよ、XとYって! くやしかったら、ミスターZも連れてこいよ! 中途半端な真似しやがって!
「そんな名前くらいで門前払いされるなんて心外だわ! 基本ダンジョンなんて”あ”っていう名前で登録して、色々すったんもんだした挙句、採用されたら改名、不採用なら即抹消なんて定番じゃないのよ!
「え? 何の話? イミフすぎて頭に入ってこないんだが?」
「その上でボーナス・スコアが”29”になるまでひたすら粘るのよ!」
「いや、だから、説明しろよ……。」
何の話が始まったんだ? 内容が異次元すぎて理解が追いつかない。”あ”という名前で登録する? これは安易に”X”と”Y”という名前を用いたことへの弁明なんだろうか? ていうか採用、不採用の基準とやらはどうなってるんだろう? ボーナス・スコア? テストの点数のことを言っているんだろうか? にしては”29”って数値が不可解すぎる。全く意味がわからない。
「ああ、あとね、抹消する前にはお金とか装備も没収するのよ! それと仲間の性格が気に入らないなら、街のハズレで待ち合わせね。性格不一致でも、パーティーは組めるから!」
「だから何の話だよ! ワケわかんねえよ!」
「ダンジョン攻略の心構えよ! 知り合いの犬の顔したスケベ犬から聞いた話!」
スケベ犬……。なんだタニシのことか。ヤツがあることないことダンジョン知識を吹き込んでいたようだ。吹き込みつつ、セクハラの類をしていたに違いない。まあそれはどうでもいいが、コレでハッキリしたな。やっぱり行く気満々なんじゃないか……。
「そら見ろ! やっぱ、あの塔に行くつもりなんじゃねえかよ!」
「あ、あれ? どうしてバレたんだろ? 普通にしてただけなのに?」
「普通でもないから!」
普通にしていただと? 普通にしていたら秘密が漏れてしまうなんて、完全にアウトじゃないか。そんなダダ漏れ女がダンジョン、魔王に通用するとでも思っているのだろうか? 完全につけ込まれて悲劇的な最後を迎えるに違いない。
「お前ら、挑むってことは麗の紙を拾ったんだろう? 何と書いてあった? ちなみに”Y”の兄はラブレター的な内容になっていたんだぞ。俗に言うハニートラップという奴だ。」
「兄? し、知らないアル! ワタシには兄弟は存在してないアルよ!」
「え? いなかったっけ? あの影の薄い、というかメガネのほうが目立っている人? さっきもそこらであわあわしながらなんかしてるの見たよ?」
「ちょ!? プリちゃん、今の設定ではそれは禁句アルよ!」
あ〜あ、また漏れたぞ。自分らで正体バラしてしまってるじゃないか。今、プリちゃんって固有名詞が出てきたよね? これで完全確定。これで全て証拠は揃った。後は崖に追い詰めてから問い詰める行程に進まねばなるまい。
「あっ……!? ゴメン、ちょっと、今のは聞いてなかったことにして。後から編集でカットするから!」
「おいおい、無茶言うな。聞いてしまったんだから仕方ない。最早正体はバレバレだ。おとなしく帰れ、プリメーラにシャンリン!」
「じゃ、じゃあ、あそこにいるのがミスターZっていう設定にしてリトライって方向性でもいい?」
「よくねーよ! 一人メンバー加えた所でやり直しは効かないから! それにお先真っ暗なアイツは自分の本体見つけるだけで精一杯だよ! 帰れ!!」
「えー、けちー!!」
「はよ帰れ!!」
全く、将来の勇者候補のクセに聞いて呆れるわ。こんなアホで軽率な奴に務まるんだろうか? しかも守秘義務を守れない、セキュリティ意識の希薄さまで持ち合わせている。ダメ要素の塊じゃないか。先が思いやられるわ……。