第219話 激突、奥義対奥義!!
「湖面の波紋のごとく、骨身に染み渡る技の冴え! 伝説に謳われる魔人ナタクそのものではないか!!」
鬼は技のダメージに悶えながら、例えにナタクを引き合いに出した。俺もナタクの伝説自体は知っているが、そんな話は聞いたことがない。まるで蚩尤一族側に独自の伝承が存在していることを示唆しているかのようだった。元は彼らの一員だっただけに多くの情報が残されているのかも知れない。
「馬鹿な! 彼奴自身の技は梁山泊にも伝承されてはいないはず! この技は失われた奥義も同然! かと言って、自然に、独自で辿り着くはずのない境地なのだぞ!」
「確かに自力では習得してない。ある不思議な爺さんから教わったんだ。八刃を極める直前から俺の前に姿を表すようになった。」
「……誠か!? その話は?」
「鬼さん、アンタ、爺さんの事を知ってるのか?」
鬼は傷口からとめどなく溢れ続ける血を反対側の手で強引に掴んで押さえつけながら、爺さんの話に食いついてきた。以外だ。あんなどこの骨とも知れない謎の達人を知っているというのなら聞いてみたいものだ。
「”活”の真髄といい、失われた波紋の極意! そして、天破の奥義! その技の数々をうぬに教唆したのはおそらく……。そうと分かれば我も血が滾る! あの伝説の男が存在しうるのならば、手合わせを願いたくもなろう!」
「いや、だから、正体を知ってるんなら教えてよ!!」
鬼は爺さんの正体を特定したようだが、なぜかそれを口にしようとはしなかった。一人で納得して、対戦の機会を想像して一人で興奮している。そもそも、鬼側の言動も独り言みたいになっているので、俺など眼中に入ってないのかもしれない。
「さすれば、我に出来うる事は唯一つよ!」
「だから、一人で納得してんじゃないよ!」
「うぬがあの男の弟子とあらば、うぬを倒して、この場に引きずり出すまでよ!」
鬼はとんでもない発想に至った。俺を殺せば、爺さんがこの場に現れると考えたようだ。血が噴出する右拳をそのままに、俺へ最大の一撃を食らわせるためにどす黒い闘気を火山が溶岩を噴出させるかのように、その身に滾らせ始めた!
「くっ! こうなったら!!」
俺も最大の奥義で迎え撃つしかない。最大の奥義ですらない螺旋獄とかいう技ですら止めるのが精一杯だったのに、本気の一撃を止めることが出来るんだろうか? 不安が頭をよぎるが、よくよく考えたら相手は、俺よりも遥かに手負いの状態だ。
右腕もそうだが、妖刀で出来た背中の傷、無我夢中で放った一撃で与えた胸の傷。それらの傷は癒えておらず、そのまま。だったら、そのダメージの数々で全力が出せないと考えるしかない!
「極凄奥義、無空絶光!!!」
両手を広げ巨大な龍の顎を再現したかのような構え! あの日、宗家が最後の悪あがきとしてコロッセオごと吹き飛ばそうとした大技に似たセットアップ! 技の名前は似ているので、蚩尤一族サイドの同ポジションの技に違いない! これを阻止できなければ俺達は死ぬし、背後の街にも被害が出る!
「ぐっ!? がはっ!?」
鬼が技を放とうとしたその時、鬼の体のあちこちから血が噴出した! 奴の体からきらめく小片が飛び出し、俺の所に飛んできた。これは……まさか、義手の破片? 小さな破片が義手にくっついていく。所々修復しきれていなかったのは、砕かれた後に鬼の体に食い込みダメージを与え続けていてくれたからなのか?
「おのれ! 今一度!!」
(ドォォォォォォォン!!!!!!!!)
「そうはさせない! 天破陽烈八刃斬!!!」
(シュバッ!!!!!)
破壊の黒い奔流と俺の放った斬撃が激突した! だが、奔流はそこで押し留められ、斬撃は黒い奔流を切り裂き、鬼へと到達した! それと同時に黒い奔流は霧散し消滅した!
「……ば、馬鹿な!? 我の最大の奥義が破られようとは、口惜しい……。」
(ビシッ!!!)
何かが割れる音がした。何か骨が砕ける様な生々しい音だった。とはいえ、鬼はそのまま立っているので、ヤツ自身が壊れたというわけではなさそうだった。だが、何かが顔から滑り落ち地面で砕け散った。
「な……!? き、貴様は!?」
「……!?」
ティンロンが悲鳴にも似たような声を上げる。俺はその声につられて、鬼の顔を見た。面がない!あの恐ろしい憤怒の表情を象った仮面がない! 鬼、本人の素顔が露出している! さっき砕け落ちたのは仮面だったのだ!
「何故だ? 貴様、何故、父上と同じ顔をしているんだ! 冗談にも程があるぞ!」
「宗家そっくりじゃないか? まさか、本人なんじゃ……?」
「……見たな。我の素顔を! これを見たからには生きて返すわけにはいかぬ!!」
鬼は満身創痍の体で再び構えをとろうとしている。だが、さっきまでの黒い闘気が見えていない。構えは全く同じだが、何も見えなかった。まるで、完全に枯渇したかのように見える。
「やめておくがよい。この勝負はそなたの負けじゃ。」
突然謎の女性が俺と鬼の間に割って入ってきた。おにに面と向かっているので顔は見えない。赤い独特の民族衣装のような服を着たその女性。その後ろ姿からでも伝わってくる、大物の雰囲気を纏ったオーラ。それにこの口調、どこかで? なんか懐かしいような……?
「うぬは何者ぞ? 我らの戦いを邪魔するではないわ!」
「やめよ、と申しておるのじゃ。さもなくば、そなたは妾の魔術で消し炭となるであろう!」
「ちょ、誰? 助けてくれるのは嬉しいけど、部外者が割ってはいるのは危険だよ、お姉さん?」
「そなたは黙っておれ。妾が仲裁役を買って出ておるのじゃ。任せておけい。」
なんか、俺を知っているみたいに馴れ馴れしい口調! 気を使って止めてやろうと思ってるのに、強引に話を進めようとする! 自身があるのかもしれないが、相手はあの鬼だぞ? 舐めてかかったら痛い目を見るのは目に見えている。たとえそれが手負いであったとしてもだ!
「死ぬぞ! その鬼は魔王にも匹敵する驚異的な存在なんだぞ!」
「ほう? 妾が魔王に匹敵する力を持っておっても同じ事が言えるのかえ? 妾の事を忘れたとは言わせぬぞ?」
女性は振り返りその顔を見せた。でも、わからない。相当な美人ではあるが、その顔には見覚えがない。こんなインパクトのある美女だったら忘れるはずはないのだが……? だが、なにか引っかかる。でも、あの人とは年齢が違うから、そんな、まさかね……?