第212話 刀覇とあろうものが、情けないことよ。
「樹大招風!! うりゃああああっ!!!」
この連携を凌げるはずなどない! ましてや、相手は徒手空拳! お互い武器をもったもの同士ならまだしも、相手には武器という物を手にしていない。攻撃の射程からして違っている。素手でこの刀覇とやり合おうという事自体が馬鹿げているのだ!
「どうした? 手も足も出まい?」
「うぬはわかっておらぬ。うぬの技など拳どころか指一本で十分。どれほど速めようが、うぬの腕では我に一撃することすら叶わぬ。」
「黙れぇぇぇっ!!!」
何を言うか! 手と足どころか、指すら出していない! 体術のみで躱す事だけで精一杯ではないか! ただ斬りつけたときとは違い、体術の使用を解禁しているが、相変わらず不思議なくらいにオレの攻撃は相手から逸れている。
オレが仕損じるなんてありえないのに? この男と対峙してから不思議な現象が起きている。何故だ?
「ようやく気付き始めたようだな。うぬの攻撃がどうして当たらぬのかということに。」
「はは……き、気付いてないとでも、思ったか? ははっ……。」
攻撃の瞬間、相手は妙な動きをする。オレの視界の端でギリギリ振れるか触れないかの動きを見せている。何をしているのかはハッキリしない。だが間違いなく、その直後にオレの攻撃は狙いが逸れ、空を斬る結果となっていた。その何かというのは……、
「指を使うだけで十分ということだ。」
「あ、あああっ!?」
謎の行動の正体……それは指を使ってわずかにオレの攻撃の軌道をずらしている! ほんのちょっとした接触、俺に違和感を感じさせないほどの僅かな軌道のずらし。それが指一本で行われているのだ! この技は…父上と手合わせしたときにも同じ事をされた!
「こ、これは五覇奥義、一指空遷!?」
「遅い! 幾度も攻撃しなければ気づかぬとは愚の骨頂。うぬ如きの人間が五覇とは梁山泊も落ちたものよ。」
「ちくしょおおおおっ!!!」
旋風、竜巻の如く攻撃を仕掛けるが、たった指一本で軽くあしらわれる! 屈辱的なこと、この上ない! オレは五覇だ! 一指空遷は本来、五覇が格下の相手に指導するために使用する技なのだ!
俺のような才能に溢れた人間が決して使われることのない技のはずなのだ! 父上ならともかく、こんな外道、蚩尤などという卑しい一族などに使われる筋合いはない!
「おのれ! おのれぇ!!」
「哀れなものよ。未熟であり、覚悟すら足りぬ、武芸者の風上にも置けぬ愚か者よ。ただ唯一、見込みのあるのは、その怒り、憎しむ心のみよ。我が軍門に下れば、我が修羅として鍛え上げてやらなくもない。」
「だ、誰がそんなことぉ!!」
「左様か。ならばこの場で死にゆくが良い。」
(ガッ!!!)
攻撃が外れた瞬間を狙って、刀を持つ手首を狙って手刀を叩き込まれ、取り落とす結果となった。そこから瞬時に鬼が眼前に現れたかと思うと、みぞおちに強烈な掌打を叩き込まれた。一瞬で意識が飛びそうになった。
「げぶっ!?」
「情けないものよ。もう武器すら無くしてしまったではないか。」
もう手元には刀はない。あくまで手元にはないというだけだ。あともう一振りは宙を舞い旋回しているのだ! あらかじめ放った技がまだ有効なのだ。目の前の男はそれを気にしてはいない。余裕をかましていればそのうち、奴の首は地面に転げ落ちる事となるだろう!
「武器を失くしたのではない。貴様が見失っただけだ!」
「見失う? 我にそのような事はありえない。うぬは思い違いをしているに過ぎん。」
奴の背後に刀が迫る。回転し、奴の首を削ぎ落とそうと吸い込まれるように向かっていく! だがその直前で、奴は人差し指を天に掲げた。
(シュン!!)
「げええっ!? 馬鹿な!?」
「だから言ったであろう? 我が見失うなどと言うことはありえんと。」
奇怪な現象が起こった! 飛んできた刀が掲げた指を軸にして旋回している! まるでヤツ自身が放った刀であるかのように首を落とすどころか、自在に操られる始末! 馬鹿げている! あの技をあのような形で破られるとは……。
「所詮、うぬなど五覇の器には適さなかったのだ。うぬのような男を五覇に据えた梁山泊も長くは続かぬであろう。己の技で死にゆくが良い。一指黒閃波!」
刀が奴の指から離れ、俺の元へ飛んできた。そこまでハッキリと見えているのにオレは微動だに出来なかった。体に力が入らない。もう負けが、死が確定しているから億劫になっているのかもしれない。
死んでしまえば、目の前の理不尽、圧倒的な恐怖から逃れられる。そう思うと、足の付け根から生暖かい物が流れ出した。全てから開放されたからこそ、解き放たれたのだ。もう、オレは終わり……、
(ギィィィン!!!!)
目の前で刀が何かにぶつかり、軌道を逸した。オレの首目掛けて飛んできたはずなのに、そうはならなかった。なにが起きたというのか?
「むう!? 何故だ!? うぬは我が殺したはず!?」
「き、貴様!? 生きていたのか? 死んだふりとは意地汚いマネを!」
生きていた。その場に立っていた! 鬼によって命を絶たれたはずの男が! 心の臓を穿たれ絶命していたはずだというのに、あの男はオレを助けたというのか?