第206話 血風の修羅狐
「我が名は饕餮。蚩尤一族、四凶の一人なり。」
ついに現れた四凶。前々から宗家やレンファさんから警戒するように言われていた存在が目の前に! とうとう恐れていた事が現実になってしまった。逃げたい。でもあまりの恐ろしさに足がすくんでしまって動けない!
「うむ、確かにパイロンを打倒したとは思えぬほどの小者よな。」
「で、でしょ? 強そうには見えないでしょ? 実際本当に弱いからご期待に応えられないかと……。」
「だが、我は見た。格上の刀覇を機転を利かせた上で打ち破った。あれこそ真の強者の証拠よ。」
えぇ……。どうしてそんな結論になるんですか? だって俺、剣使ってませんよ? 頼みの綱の剣を飛んでくる刀の迎撃に使って、苦し紛れの凶器攻撃で反則勝ちですよ? どこも褒めるところがないんですが?
「戦場に置いてはどれだけ取り繕うと、生死を賭けた殺し合い、謂わば”死合”よ。技術が優れていようが、生まれつきの剛力を兼ね備えていようと、生きて帰れねば無と同意なり。」
「ただ単に悪運が強いだけなんで……。おっしゃるとおり、そのうち派手にボロ負けして死ぬから意味はないんすよ!」
「うぬは勘違いをしておる。戦場に置いて”運”とは天性の勘、生きる術を手繰る、流れを読むための力なり。」
だ、ダメだ……。何言っても、論破される! 鬼さんは弁舌の上でも天下無双のようで? 口先三寸で逃げおおせるとは思ってなかったけど、これだけ弱気な発言をしても俺に幻滅して……という展開には意地でもする気はないらしい。顔面が崩壊してるけど刀覇さんの方がよっぽどご期待に添える事が出来ると思うんですけどねぇ?
「うぬは八刃を極めたのであろう? それも証拠よ。全ての理を己と同化させねば、真理には至れぬ。真の意味で極めることは出来ぬのだ。」
「悪運の強さが八刃を極めるのにつながっていると? そんなわけ……。」
「うぬら一派の八相撃は謂わば”活”の奥義。我ら蚩尤の”凄旺撃”は対極の”絶”の奥義なり。」
”せいおう”……? その言葉の響きには聞き覚えがあった。師父……? 師父が言っていた言葉の中に同じ響きの技名があったような? いつの日だったかな? そう遠くないタイミングで聞いたような気がする。
「極めた者同士が死合うのは天の定め。袂を分って以来、二千年にもわたって繰り広げきた闘争の歴史よ!」
「二千年前もから……?」
「しかも、歴代最凶の悪鬼羅刹とも言うべき存在、魔人”哪吒”の裏切りによってそれは始まった! うぬの師と同じく、裏切りの大罪を犯したのだ!」
「……!?」
何故、流派の古代の起源の話から師父の話に繋がってくるんだ? 師父が裏切り? いや、それ以前に……師父は蚩尤一族の一員だったみたいな言いぐさじゃないか!
「どうした? まさか、うぬはあの男の素性を知らなんだのか? 彼奴も罪づくりな男よ。唯一の弟子にすら明かしておらぬとはな!」
「変な冗談はよしてくれよ! あの優しい師父がアンタなんかと同類なものか! きっと何かの間違いに決まっている!」
「フハハ! 愚かなことよ! 師の真実を受け入れられずに、我の言を虚構と見なすと申すのか? 彼奴は我と同じ四凶、”窮奇”の称号を持つ者なり!」
元は蚩尤一族だっただけじゃなくて、四凶の一人だった? 信じられない……。師父の本性が闘争に明け暮れる、血も涙もない鬼と同類だったなんて……。でも、ありえない。
俺に接してくれた時の師父の優しさや愛情は偽物とか嘘だったとは思えない。そうだったなら、俺も殺戮を好むクズのような人間になっていたに違いない。その優しさだけは真実だったと言える。
「師父はアンタなんかと同類じゃない! もしそうだったなら、俺は勇者になれなかっただろうし、悪人になっていたはずだ! 俺が今、置かれている立場がそれを証明している!」
「フハハ、確かにうぬの言う通りかもしれぬ。彼奴は腑抜けになったからこそ、うぬのような痴れ者の弟子が出来上がったとも言える。」
痴れ者か……。確かにそうだろう。師父と俺なんて、月とスッポン。なんで俺みたいなのが弟子になれたのかが不思議に思える程なんだ。称号は持っていなかったが、師父は事実上の剣覇だった。歴代の剣士の中でも指折りの腕前だと称されていた。
「彼奴の過去を知らぬと申すなら、我が語ってやろう。彼奴はかつて我と同じ様に面を付けていた。白い狐の面をな。彼奴はそれ故、名を知らぬ者共からこう呼ばれていた。”血風の修羅狐”とな。」
狐の面? それじゃ、レンファさんと同じじゃないか。いや、レンファさんは師父の過去を知っていたから、似たような色違いの面を付けていたのか? そんな由来があったなんて……。
「彼奴の強さ、残虐さ、非常さは中華全土に知れ渡るほど恐れられた存在であった。正に悪鬼羅刹、魔人”哪吒”の再来と謳われた程だった。我も彼奴の強さに惹かれ修羅道の道を歩むことになったのだ。だがいつの日か彼奴は我らの前から姿を消した。」
かつて全土で恐れられる修羅の存在がいたと話に聞いたことがあった。その正体が師父だったということになる。そして二十数年前からその修羅は忽然と姿を消したのだという。その頃に師父は蚩尤一族と袂を分ったのかもしれない。
「我は二十数年の間、彼奴の足跡を探っていた。裏切りの代償を与えるために探し求めていた。その旅の果てに彼奴を探し出すことに成功した! そして、すぐさま彼奴に制裁を加えた。我はうぬの師の命を奪ったのだ!」
この男が師父を……? 師父を殺害した犯人は俺には伝えられていなかった。誰もその事を語ろうとはしなかったんだ。俺にはどうしようもない事だったから伏せられていたんだと思う……。