第205話 形振り構ってはいられない!
(このままでは死ぬ……!)
正面からティンロン、どこからはわからない死角から迫りくる攻撃。どちらかは防げたとしても、もう片方に命を奪われる。普通の相手だったらここまで追い詰められない。同じ流派だからこそ発生する不利な状況。砕寒松柏も通じなかった。”八相殺し”と同じ原理で技の効果を弱める、無効化する事が出来るのだ。相手は格上だからそれを当然のように使ってくるのだ。
(多分、生半可な八刃も通じない。だったら……、)
だったらどうする? 自己流の極端派の技を使うか? でも、こんな場面に最適な技なんてない! 同時に二つの方向から来る攻撃なんて、ある意味、二人を同時に相手するようなもんだ。俺程度のの剣技でどうにか出来るレベルではない。
(左手には剣、右手は…義手の拳……。)
二刀流に対抗するための手段として義手を盾代わりにしているわけだが、攻撃なんて出来るほどではない。ただ殴るだけの行為が通用するのか? 当たれば痛いだろうがそもそも当てることが出来るのか? 慣れていない攻撃法な上にリーチの問題もある。
(これが伸びたりしたら、話は違ってくるんだが……?)
考えてる猶予は無いはずなのに、時間が止まっているかのように信じられないくらい思考している時間が長い。あの時と同じだ。あの時だけじゃない。強敵に追い詰められた時、ヴァルや宗家、フェルディナンドに追い詰められたときもそうだったと思う。ピンチのときにはだいたいわけのわからないことが起きる。どうなるかわからないが、ここは流れに身を任せるしか無い。相手に斬られてでも、飛んでくる刃だけでも阻止する方針で行くことに決めた!
「落鳳……波斬!!」
落鳳破…ではなく落鳳波斬。落月鳳旋への対抗措置とも言うべき、暫定極端派奥義だ。落鳳破程度では落月鳳旋を阻止できないのはわかっている。あれはそもそも対落鳳波を想定した技なので通用しない。だったらせめて同じ様に剣を投げて軌道を逸らすしかない! とっさに思いついた行動だ!
「気でも狂ったか? 剣士が剣を捨てて戦うことが出来ると思っているのだとしたら大間違いだ!」
確かに狂っていると思う。でも、そうするしかなかった。現に落月鳳旋は防ぐことは出来たのだ次はどうするかなんて後から考えるしかない。目の前のティンロンの攻撃は義手で少なくとも防げてはいるから、次はある!
「剣を捨てた愚か者には制裁を下してやる! 自らの誇りを捨てた者など存在する価値などない! 喰らえ、”龍髭撫摸”!!」
”龍髭撫摸” 、これは剣技の峨龍滅睛に相当する技だ。あちらは相手の上から奇襲をかける技だが、こっちは下から刀を隠すように構えた上で相手に接近しすくい上げるように相手を切り上げる技だ。その名の通り、龍の髭を撫で上げるかのように切り裂く!
(迎撃するには逆に相手の懐に飛び込んで……いや、それだと先に斬られてしまう!)
ここに来てリーチ差の問題が浮上してきた。じゃあ、防ぐか? すくい上げてくるところを義手で……といっても、斬られることは阻止できても、そのまま吹き飛ばされかねない。その後の追撃で止めを刺される! 腕が、義手が伸びてくれればなんとかなるのに!
(バギャン!!)
伸びればと思ったその時、腕から破裂音が響く! 義手が壊れた? そう思って右腕を見てみると、義手の形状が変化していた! 義手の芯の部分が露出し、それをガイドにして手首の部分が伸びている。そして、拳はティンロンの顔面に直撃していた! 無残にも眼鏡がへしゃげている。
「ぐっ!? ごぼっ!?」
(ズルっ!!)
そのままズルっと拳から顔面が滑り落ちた。その瞬間に彼の無残な顔が顕になった。鼻は折れ、前歯も一本折れているようだった。当然鼻からも口からも出血している。
「ぐ……こんな……事が許されてたまるか! は、反則だ! その義手にカラクリを仕込むなど……卑怯なマネをしおって!!」
「いや、俺も知らない! こんな機能は付いていなかった! 元からただの義手として作ってもらったんだ! カラクリなんて仕込んだ覚えはない!」
「み、見え透いた嘘を……!」
「嘘じゃない!」
わからない。どうしてこんな事が起きたのか? 作った本人、ミヤコからもそんな話は聞かされていない。剣を格納する機能は備えているが、他の機能は無いはずだ。仕込むと言ったって、格納機能の都合上、伸縮機能なんて構造的に無理なはずなんだ。ましてや、伸びる前に破裂音がした。そんな物が最初から仕込まれてたら、攻撃を防御した時に暴発してしまうからだ。
「俺はただ一か八か殴るか、防ぐか、という事しか考えてなかった。伸びたらなんとかなるとは思ったけど……。」
「お、思っただけで、伸びるはずがあるか! 卑怯者め! 剣で勝てないと悟って汚いマネで勝とうとするなど、武人の風上にも置けん男……め!」
(ガクッ!)
ティンロンはそのまま崩れ落ちた。顔面に強烈な一撃を食らったのだ。脳震盪でも起こしてしまったんだろう。とりあえず、勝ちはしたものの、スッキリしない勝ち方だ。納得がいかない。釈然としない結果だったのは事実だ。それは相手のティンロンにしたってそうだろう。これ以上は続行不能でも、いずれまた戦いを挑まれる結果になるだろう。
「刀覇とあろう者が情けないものよ。対して、うぬは戦と云う物を心得ておるな。」
「だ、誰だ!?」
ティンロンに気を取られていて気づくのが遅れていた。背後に強烈な殺気! 振り向くと、そこには鬼の面を被った男がいた! 憤怒の形相を象った鬼の面! コイツが噂に聞いていた鬼、”饕餮”と言う名の男なのか?