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第202話 雪辱を晴らすために


「貴公だな、”鬼”と呼ばれる輩は?」



 昨日、訪れたときからこの街に漂う不穏な気配。俗にいう嫌な予感というやつだ。この街のクルセイダーズ詰め所を訪れた際にも不穏な情報を耳にした。


 「鬼の影を見た」、「異端審問会の人間が近頃頻繁に出入りしている」、「黒いコボルトが出没した」など、多数の未確認情報が街中で出回っているという。昨日に続いて今朝からも散策と称して見回りを行っていたのだが、案の定、街外れでそれらの噂の元凶の一つに出くわすことになった。



「うぬは何者ぞ?」


「私の名はエドワード・イグレス。クルセイダーズ、黒の部隊所属の戦士だ。」


「フム、クルセイダーズと呼ばれし輩か。魔の者を駆逐せし者共と聞いておる。」


「左様だ。対魔族戦闘に特化した部署の所属だ。とはいえ、貴公の様な東洋の魔族とは初めてお目にかかることになったのだがな。」



 我が友、勇者ロアの出身である東洋にも魔族が存在しているのだと聞いた。それがシユウ一族と呼ばれる存在であり、目の前にいる男はその首魁に位置する人物と目されている。彼ら”四凶”と呼ばれる四人衆が頂点として君臨する古流武術の一派でもあるらしい。これは梁山泊槍覇のレンファ殿からもたらされた情報だ。



「何を企んでいるのかは知らないが、我が友へ手出しさせるわけにはいかない。ここで私がく止めさせてもらう!」


「うぬ如きがか? 身の程を知れい! 我とて、うぬの接近に気付いていなかったわけではない。うぬ等取るに足らぬ存在であると判断したからだ。うぬは我の障害にはなり得ぬ! 道端に転がる石同然の存在よ!」


「何事もやってみないことにはわからない。貴公はきっと私を脅威と認めざるを得なくなる!」



 剣を抜き技の構えをとる。低く身構え、剣先を後ろに引き後ろに引く姿勢になる。その上で剣身へ光の闘気を纏わせる。私の得意技、シャイニング・ガストだ!



「む? 退魔の技か? おもしろい! 見せてもらおうか!」


「シャイニング・ガスト!!!」



 私は剣を構えて鬼に突進した。相手は身構えるような姿勢を取ったが躱すつもりはないらしい。そのまま、真正面から受け止めるつもりのようだ。



「ムゥん!」


「ぐぬっ!?」



 私が突き出した剣を、相手は体を少し右斜めに傾けた上で躱し、右手首を脇で挟んで固め、私の右肘を左手で掴み威力を殺した。右腕に鈍い痺れが走る! 相手はただ掴んだだけではなく手首の急所を極めて、腕力を削いでいるようだ。



「ふくく! うぬの得意技と見えるが、我が流派の前では児戯も同然! そのような技では狙いを読むのは容易い。よって、技の威力を削ぐのも容易だ!」


「ぐうっ!」


「うぬは掴んだだけで痺れが走っていることに疑問を感じていおるな? 我が掴んだのは”尺沢(しゃくたく)”。腕に存在する急所よ。この様な急所は人体のあらゆる箇所に存在する。そこへ適切な打撃を加えれば、人体を破壊するのは容易だ。」



 なるほど。やはり急所だったようだ。かつてジェイから似たような話を聞いたことがある。彼は打撃系格闘術をメインに戦っているが、関節技、組技、投げ技といったグラウンド・テクニックにも精通している。


 彼によると、それらの技は決して力任せではなく、むしろ非力な者が使用するのに適した技なのだという。人体のウイークポイントを的確に攻め、確実に相手の戦力を削ぐことに特化していると言っていた。彼の秘技”J・R・Sジェイ・ロック・スペシャル”はそれらの集大成とも言える技なのだ。



「フフ、この様な事態を想定していなかったわけではない。」


「フム、ここから逃げおおせるとでも思うたか? 我が敢えて止めを刺さぬのはうぬと我の実力の差を思い知らせるためよ。うぬがそれを理解せぬのならばこのまま腕の自由を奪うつもりでおる。」


「私は以前、似たような受け手で技を制されたことがある。その後、私はその相手といつの日か再戦する機会を望み、対処法を研究した。相手は違うが今、それを試すときが来た!」


「ぬっ!?」



 私は空いた左手で腰のダガーを逆手で引き抜き、相手に振り下ろした。流石にそれを危険と判断したのか、私の右腕への拘束を解き、後ろへ退避した。この間、ほんの一瞬の出来事ではあったが相手は俊敏に動いて危機から逃れてみせた。恐るべき体術の腕だ!



「ぬう、我に脅威を感じさせるとは! それが本命の一撃だったのだな? 突進の一撃に違和感を感じたのはそのためか。二撃目を仕込んでおったとは!」



 そう、私はシャイニングガストに全ての力を込めていたわけではない。二撃目のダガーでの攻撃にもありったけの光の闘気を込めていたのだ。技を正面から受け止められるのはわかっていた。これはあの男との戦いで学んだことだからだ。



「ジン・パイロン、あの男に私は完膚なきなまでに打ちのめされた。それ以来、いつの日か再戦を夢見て鍛錬に励んでいたのだ。それが貴公との戦いでも活用できるとは思っていなかった。」


「パイロン! うぬは彼奴を知っているのか? ……うぬは…奴の話していた”鎧の男”か? 西方随一の戦士と目されていたが、大した力はなかったと申していた。」


「フフ、そう判断されても仕方のないことだ。全てを出し切った上で敗北したのだからな。その屈辱を晴らすために更に過酷な戦場に見を投じ、己を磨き続けたのだ!」


「面白い。その力、我に見せてみよ! 少しは遊び相手にはなりそうだ!」

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