第196話 恋愛至上主義の男
「……!? あの……止めてもらえませんか、そういうこと。」
「おやおや、どうしたのかな? 多くの女性たちは俺にこういう行為をされるのを望んでいるというのに。それとも、こちらの作法に倣ったつもりなんだけど、なんか違ったかな?」
「そういう意味で言ったのではありません!」
一瞬だけ意識が持っていかれそうになった。彼の言うように殆どの女性はその行為に心をときめかせられてしまうのだろう。でも、何かが違う、こういうのは。何か私自身の人格に対して気持ちが向けられていない様に感じて嫌悪感を感じてしまった。ましてや初対面の相手にこんな事をされても違和感しか感じない。
「そういう意味じゃなかったら、何? 俺は最大の礼儀を以て接したつもりだよ。俺はこの世の女性全てに敬意を払っているつもり。それの何がご不満かな?」
「その、なんというか、私とは初対面だというのに愛情を向けるという行為に違和感を感じるのです。」
「そう? 結構、内に籠もるタイプの性格なんだ? 人見知り? 大丈夫、大丈夫。すぐに仲良くなれるよ。時間を賭けて慣れていけば必ずね。」
彼は社交的な性格だから、どんな人とでも仲良くなれる自信はあるんだと思う。でも、だからといって、いきなり距離を詰められても私は対応に困ってしまう。彼が言うように私は積極的に人と関わるのは得意ではないから特に……。
「何をお考えなのかは知りませんが、特段仲良くお付き合いするつもりはありません。先生のお知り合いということで、宗家のお子さん達と同じ様に別け隔てなく接するつもりです。」
「そ、その通りアル! 誰かを贔屓にしてお付き合いするのはよくない事アルよ! むしろ、もっと身近にいる人だけ注目してほしいアル!」
私とフェイロンさんのやり取りを見て黙っていられなくなったのか、シャンリンちゃんが彼の行動、言動を咎めている。その言葉には彼女自身をもっと見てほしいという希望も含んでいるようだった。やっぱり彼女の思い人は彼で間違いなさそう。
「別け隔てなく? じゃ、じゃあ、オレにもチャンスはあるのか……?」
「オメーみたいな、ダ眼鏡にはチャンスなんてねーよ! エルるんに近付くのも禁止! そいでもって、1秒以上見つめるのも禁止な!」
意外なところでティンロン君が反応を示していた。私にも興味があるのかな? てっきりミヤコちゃんの事しか目に入っていないと思っていた。
「サーセンっ!! 出過ぎた思い込みをしてしまいましたぁ! でも、ミヤコ様を見るのは結構なんですね? 穴が空くまで見つめ続けまーす!」
「誰が見ていいと言ったぁ!! そんなことするんなら、金輪際、お前の視力を永遠に失わせてやるからな!!」
なんだかにぎやかになってきた……。ティンロン君の暴走は止まらない。一度は落ち着いたと思ったのに。ミヤコちゃんのことになると必ずおかしなことに……。対するミヤコちゃんは暴走を食い止めようと言葉通り目潰しをするようなジェスチャーをしている。二本の指で両目を同時に突くような感じで……。
「は、はい、喜んで! では、視力を失う前にあなた様のお姿をしっかり目に焼き付けておきますぅ!! ご、ごひーっ!!??」
「ああ!? ダメですってば! そんな事をしたら本当に視力が……、」
本当に目潰しを……。慌ててグランツァ君が止めに入っている。眼鏡の上からだから大丈夫とは思うけど……。
「全く、何をやってんだか……。これだからおこちゃまは困るんだよね。ムードぶち壊しじゃないの。」
「貴様の方こそ、場違いな事をしでかした事に気付いていないのか? あの子達は直感的に貴様の行為に反発を示したんだ。」
先生のフォローがありがたい。正直対応に困り果てた所で意図しない形で助け舟を出してもらう結果になった。皆に感謝しないと……。
「困ったもんだね。それでも俺は君のこと諦めないから。」
「だから困ると言ってるんです! それに私には将来を誓い合った大切な人がいるんです!」
「もしかして、あの落ちこぼれ君の事?」
「そういう呼び方をするのもどうかと思います。あなた達が追放した人、自分たちの都合で見捨てた人なんですから!」
彼は流派の中で異端だったのかもしれない。技の習得に何年もかかり、全く結果を残せていなかったのかもしれない。でも彼のお師匠さんは見捨てなかったし、彼のことを誰よりも信じていた。彼の未知の可能性を信じていた。それを証明するのが今の私達の関係。お師匠さんの信じた可能性がなかったら、今の私はなかったと思う。それを否定する権限は誰にだって無い。
「随分とお熱いようで。無能な醜男なんかに熱入れちゃってさ。」
「あなたにはわからないと思います。私達の強い絆を。」
「反吐が出るね。そういうのは。たった一人の人間だけに執着するのって俺、大嫌い。もっと奔放に、自由に人を愛してご覧よ。恋愛ってのは数多くの異性と付き合ってこそ、本質がわかるモンだぜ?」
「あなたの中ではそうなのかもしれませんけど、私達は違うんです!」
「もったいないねぇ、それだけ見た目に恵まれておきながら……。でもね。俺、なんか燃えてきちゃったよ。」
彼に対して反発の意を叩きつけたはずなのに彼は私から目を離そうとしなかった。私の本気の拒絶に対して、目付きが変わった。ゾクッとするような目付き、本気で私を落としにかかるような……そんな決意を表明しているような目をしていた!
「あんな男の事なんか忘れさせてあげる。代わりに俺がいないと何も出来ないくらいに夢中にさせてやんよ。」