第195話 お兄ちゃんは許しませんよ!
――――フェイロンさんと会ったのは昨日、ティンロン君とシャンリンちゃんという宗家さんのお子さん達に会った直後だった。街を出歩くと言っていた二人の様子を見に来たという事で私達とも対面する結果になった。
「敵討ち!? あなた達はロアを倒しに来たの?」
「私は単に父上を倒した人を見てみたいだけアルよ。兄上はなんか逆恨みみたいな情けない理由で倒そうとしているアル。そんな不毛なことは絶対させないつもりアルよ。」
「お前はお兄ちゃんの気持ちが分かってない! オレはアイツの師匠に屈辱的な仕打ちを受けたんだからな!」
彼のお師匠さん、つまりレンファ先生のお養父さんと何かトラブルがあったのね? その人はもう亡くなっているはずだから、その恨みを弟子のロアに押し付けると言うわけね。何があったのかは知らないけれど、そのような事が許されていいはずがない。妹さんにも反対されているのだから止めさせないといけない。
「そんな女々しい事を言ってるから、兄上はもてないアルよ! いつまでもネチネチ文句垂れ流すのは男としてかっこ悪いアル!」
「ん、んぎぁ〜!? そんな口答え、お兄ちゃんは許しませんよ! お兄ちゃんには色々と事情があるのだ!」
お兄さんの事情よりも、後ろめたい行為をしようとしている事を非難しているみたい。まだ若いけれど、お兄さんよりもしっかりしているかもしれない。もし目的を成し遂げられたとしても、お兄さん自身のためにはならないことを理解しているのかもしれない。
「逆恨みであのゆーしゃを? バカじゃない? ダッサ!!」
「そー、そー! 姉御からもっと言ってやってほしいアル! ダッサダサな兄上、かっこ悪い!!」
「妹とミヤコちゃんから同時に非難れるとは……なんというご褒美なのか! ううむ、悩ましい!!」
「兄上が段々、変態になっていくアルよ……。」
お兄さんも怒りで頭が動転しているのか、女性から口々に非難される事を楽しんでいるように見える。ますます、タニシさんと似た感じになってきた。ミヤコちゃんの言動には何か男性を狂わせるような魔力でもこもっているのかしら?
「若、ティンロン様、いい加減になさって下さい。いずれ宗家の座に着くかもしれない方が行っていい行動ではありませんよ!」
「き、貴様は黒狐!? 何故ここに!?」
話に割って入ってきたのはレンファ先生だった。後ろには兄妹と似た服装の長身な男性がいた。歳はレンファ先生と同じくらいで、如何にも容姿淡麗な美男子という感じだった。この人が兄妹の保護者? シャンリンちゃんが思いを寄せているという男性なのかしら?
「養父パイフゥと何があったのかは存じませんけど、ロアを報復の矛先にするというのは看過できません。そのような行為は身内である私に向けて下さい。」
「貴様には関係のない話だ! 貴様の養父に屈辱的な目にあわされたのも事実だが、奴自身にも自尊心を傷つけられたという恨みもある! パイフゥには恨みを晴らし損ねたが、その弟子に対して報復する事で以て返させてもらうつもりだ!」
「情けないことを! 宗家はあなたの行為をお許しになるとは思いませんよ。」
先生もお兄さんの復習行為には反対している。ロアに対して向けるくらいなら、自分が標的となり引き受けるとまで言っている。でも、彼は頑なに自分の意向を通そうとしている。
「別にいいじゃないか。男同士の因縁にケチを付けるのはよした方がいいんじゃない? 勝った負けたは男の子にとって大切なんだから。」
「貴様は若様の肩を持つというのか? 貴様も宗家の血筋、その血筋としての立ち振舞を教育するのが、貴様の役目だろう!」
「必要だから止めるなんてことはしないのさ。男ってのは舐められたままじゃ、先に進めないのよ。それを乗り越えないと一人前として認められないんだよね。ましてや、人の上に立つような人間だよ? それに陰りがあっちゃ、肩書に箔が付かないまんまになっちまう。」
彼はいずれ宗家の座に? 血筋の人間だからそれは当然なのかもしれないけれど、後ろめたい行為を推奨するのはどうなんだろう? 威厳を以て人に接しないといけないとは言っても、乱暴なやり方だし、力でねじ伏せるのは禍根を残す結果になると思う。ロアは彼に負けたとしても仕返しはしない人だと思うけれど、他の人はそうとは限らない。彼自身がそういう人間なら周りにはそういう人しか集まってこないはず。
「それにあの落ちこぼれ君を始末してくれると俺が助かるんでね。そこの美しいお嬢さんに手を出す口実が出来るんで。」
「貴様! 私の弟子に近付くことは許さないと言っただろう! 貴様の自惚れた願望など叶えさせはしない!!」
お兄さんの復讐論議から急遽、私の方に話が飛び火した。先生と共に現れた男性は私に対してウインクをしてアピールをしてきた。そのような行為を先生が見逃すはずもなく、私を隠すように先生は彼の前に立ち塞がる。そして、それを優しく押しのけて彼は私の元へ優雅な足取りで近づいてきた。私の手前に達すると、その前に跪いてみせた。
「やあ、お嬢さん、やっと会えたね。会いたかったよ。俺の名は秦飛龍。梁山泊五覇、戟覇のフェイロンだ。」
「は、はじめまして……、フェイロンさん……。私はエレオノーラ・グランデです。」
「こんなところまで遠路はるばるやってきたのは君に会うためだったんだよ。何しろ、君はあの頑固者で知られるウチの宗家の心を動かしたって言うじゃない? どんな娘なのか見てみたくってしょうがなかったんだよ。」
……と私に過剰な賛美を送ったと同時に手を取って手の甲に軽くキスをした。その行為を見た先生やシャンリンちゃんは悲鳴のような非難の声を上げている。そして、何故か、ミヤコちゃんは感心した声を上げている。突然の事態に私はどうしていいのかわからなくなった。顔が急に熱くなり、頭の中もモヤがかかった状態になってしまった……。