第194話 時風盛猛
「天下一とは……随分と大きく出たな。大層な自信があるようでなによりだな。」
「だって本当なんだから、それでいいじゃない? それにしたって、おたくも俺と同類じゃないか? 西の色男さんよ。」
「あぁ? お前なんかと一緒にするな。」
「でも、強さはどうかな? おたく、摩訶不思議な妖術でも使うんだろ?」
その時だった。うねる様に動くなにかの影。きらめく一筋の光。蛇……? いや違う。あれは矛! 矛がありえない動きをしながら俺に迫ってきていた。しかも俺の死角から! 面と向かって言葉のやり取りをしていたのにも関わらずだ!
(シュン!!!)
「ちぃぃ!!」
辛うじて避けることは出来た。だが、本当にそうすることしか出来なかった。これに合わせて反撃に移るのは困難。追撃が来たり、連撃だったりすればどうだ? いつまで凌げるかわからない。
「お見事。よく躱せたね。でもこれはちょっとした挨拶代わり。おたくになるべく本領発揮させるためにやってみたんだが、どう?」
「ハッ! 俺に全力で来い、ってか? 上等だ。相手を舐めた行動を取ったことを後悔させてやる!」
あの蛇のような動きをする矛に対抗するにはこちらもリーチのある得物を使わなければならない。矛には矛、槍には槍。相手の実力が未知数に高いと推測できる以上、こちらも長物で対抗するしかない。
「タービュレンス・ポール!」
「おお! これが妖術か! なるほど、旋風を槍に見立てて対抗しようっていうのか? 面白い!」
両手に細く絞った風の渦を出現させる。かつて侍の槍に対抗するために使った急場しのぎの対抗策だが、あの時は役立った。剣ではリーチの上で不利を強いられるからには、せめて長さだけでも有利な状態でないと勝つことは難しいと判断したからだ。
「でもハッキリ言って、射程の長さくらいで覆せる実力差じゃないよ? 俺は天下無双の戟術の使い手なんだぜ? 使ってるのは矛じゃないかってツッコミはなしね。」
正直、矛と戟とやらの違いはよく知らない。どちらもこちらの文化圏では斧槍に分類される武器だからだ。つまらない論争はするつもりはないので、先攻攻撃でもって返させてもらうことにした。
(ビュオッ、ブワァッ!!)
左右それぞれの嵐の竿を巧みに操り相手を牽制する。この程度の攻撃にはどこ吹く風と言わんばかりに流れるような動作で攻撃を躱している。まるで風に揺れる靭やかな樹木のようだ。
「おたくは知ってるかい? 柳の木ってのを? この国じゃあんま見かけないけど、細っちいクセに矢鱈しなって強風が吹いたとしても決して折れない木があるんだよ。今、俺が使っている体術はその木が元ネタになってるんよね。」
相変わらずよくしゃべる男だ! 俺の激しい攻撃をいとも簡単に躱して表情を変えずに淡々と説明している。しかも、ヤツの体幹は決してブレていない。突きだけじゃなく斜め、横薙ぎの一撃でさえ体勢を崩すことなく動いている。ヤツの言葉通り、風に揺られる樹木のように靭やかな動きを見せている。これはあの流派の体術によるものか?
「この一環の動きの体術を”柳枝不折”と言う。並大抵の攻撃じゃ俺の体を折ることなんて出来ないよ。そうそう、のれんに腕押しなんて異国の諺を聞いたことがあるが、他に言い換えるならまさしくそれだね。」
このままではダメだ。牽制にすらなっていないのは明白だ。何か変化を付けてやるしかない! この竿はそもそも魔術だ。そこから攻撃用の風属性魔術へと変化させて、相手の意表を突く!
(ブワアッ!!!)
左右から挟み込むように竿を接近させ、封じ込めていた風の魔力を開放させる。相手は瞬時にして2つの乱気流に挟み込まれる結果となった。相手は成すすべもなく巻き込まれるのかと思いきや……手にした矛を自分の手前で回転させ始めた。その衝撃は思いのほか凄まじく、俺の発生させた乱気流を逸らせるほどの旋風を発生させていた!
「妖術なんて使わなくても、俺のような伊達男は風でさえも味方にしちまうのよ! これぞ戦技一❍八計、”時風盛猛”。嵐を呼ぶぜぇ!!」
(ビュオァァァァァッ!!!!!!!!!!)
乱気流に旋風、計3つの気流が巻き起こり、辺りの砂を巻き上げ視界を悪くする! 気流同士がせめぎ合う中、相手は更に矛の回転速度を速め、気流の勢いを増した。
「おたくは俺とおんなじで色男だが、決定的な違いがある。」
「それはそうだろうよ! 俺はお前ほどうぬぼれてはいない!」
「違う、違う、そうじゃない。うぬぼれじゃないくて、これはじ・し・ん。でも俺はそういう事を言いたいんじゃなくて、おたくには欠けているものがあるのさ。色男の嗜みってモンがね!」
(バァン!!!!)
2つの乱気流を跳ね除け、蛇のようにくねる矛の連撃を繰り出してきた! これはまるで複数の頭を持つと言われる大蛇、多頭蛇そのものだ! それぞれが多角的に俺の方に向かってきた!
「なんか、おたく、女性から避けるような態度取ってない? お前なんか興味ないって感じでね。ちょっとしたお仲間とのやり取りでもハッキリわかるくらい。そこが気に食わないんだわ。俺としてはね。女性に対して失礼じゃないの?」
(ザザッザザザッザザザザッザザザザザッ!!!!!)
「ぐああああっ!!??」
俺は成すすべなく、矛の連撃を食らった。とっさに剣を錬成し防ぎにかかるが捌ききれない! その勢いに負け、俺は吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられた。そのままズルズルと地面に滑り落ちる前に脇の下に矛を突き立てられ、それにもたれかかるような形になった。
「はい、王手!!」
「くっ!?」
「というわけでおたくにはおとなしくしておいてもらう。若が落ちこぼれ君を始末するまではね。」
言葉の意味は知らないが、大方、チェック・メイトの様な意味合いだと察した。つまり、今の俺はいつ命を絶たれてもおかしくないような立場に置かれているのだ。要するに負け…だ。
「フェイロンさん! あなたという人は!」
降伏勧告を突き付けられた俺は意外な人物に助けられようとしていた。目の前の男から守らなければならないはずの人物、それはエレオノーラだった。