第193話 略奪愛を楽しむっていう目的があるのさ。
「やあ、すまんね。お気遣いに感謝するよ。」
「あぁ? どういう意味だ?」
俺の相棒を狙う宗家の息子。それの付き添いだという矛使いの男。俺は魔術で周囲を巻き込む事を避けるために人影の少ない場所へと移動を相手に促した。そこに着いた途端、相手から感謝をされた。一体、どういうことか?
「若には思う存分、恨みを晴らす機会を作ってあげたかったのよ。あの落ちこぼれとは因縁が深いみたいだったからね。」
「恨みはわかるが、因縁なんてものがあったのか?」
「おたくはよそ者だから知らんのだろうけど、あの二人には因縁があってね、若とアイツのお師匠さんとの間で揉め事が昔あったんだよ。」
師匠と揉め事? 相棒からは師匠の話を多少は聞いたことがある。アイツの師匠は腕は立つが流れ者で梁山泊の中では浮いた存在だったらしいな? 師範としての資格を与えられていたにも関わらず、弟子にとったのはアイツだけだったと。
「若が剣術に挫折した理由はアイツの師匠との揉め事が原因になってんの。そのとき怖い経験をしたんだろうね? 剣を持つだけでも動悸がして、頭が真っ白になるんだってさ。困るよね。宗家の血筋にそんなマネしてくれちゃってさぁ。」
師匠は詳しい話をしたがらなかったが、以前は後ろめたい過去がある事を匂わせていたそうだ。アイツの義理の姉も似たような経緯らしいが、自分も何かそういう過去があるかもしれないとも言っていた。アイツ自身は記憶喪失になっている部分があるので真相はわからないとは言っていた。
「フン、それであの刀か。」
「そうそう。まあ、あれでも一応は天才だから、別の道を開眼しちゃたみたいだけどさ。俺ほどじゃないけど。」
「……。」
飄々とした語り口でさらっと自分の方が上であるとアピールしてきた。この男がどういう立場なのかは知らないが、いずれ流派を継ぐ血筋の人間を下に見るとは大した自信家のようだ。あの小僧を立てようともしていない。思い通りにさせる気遣いくらいは出来るようだが、その狙いは別の所にあるように思える。
「まあ、若にはサクッと落ちこぼれ君を始末してもらって、俺自身は略奪愛を楽しむっていう目的があるのさ。」
「なんだと!? あの娘を連れ去ろうっていうのか?」
「そ。もったいないよ。あんだけべっぴんな娘が冴えない男とくっついてるのってありえなくない? 不釣り合いにもほどがあるっていうかね。ああいう娘は俺みたいな色男と共に生きるのがふさわしんだよ。」
「会ったのか? あの娘に?」
「会ったよ。昨日。噂に違わずとてもいい娘だったよ。でも、冴えない男に染まっちゃってるから、不憫に感じたけどね。あんな男で妥協してたら、人生もったいないと思っちゃったわけ。だから俺が正しい方向に導いてやろうって言うのさ。」
もう既にあの娘たちは到着していたようだ。どういう経緯かは知らないが、この男たちにも接触済みだと言う。なるほど。あの小僧に相棒を仕留めさせてあの娘に手を出そうっていう魂胆らしい。
確かにこの男が直接手を下せば、あの娘は反発するだろう。いや、例えそれが成功したとしても、あの娘は納得すまい。あの二人は一蓮托生を誓い会った仲だ。その絆は誰にも切り離すことは出来ない。
「言っておくが、あの娘はお前なんかの手に負える相手ではないぜ。」
「ハハ、何言ってんの? 逆、逆! アイツの方こそ手に余る娘なんじゃないの?」
「あの娘の背負った宿命の事をお前は知るまい? 生まれ落ちる前から魔の力に囚われ、忌むべき宿命を負わされている。あの娘を真に救ったのが俺の相棒だ。この先もあの娘には数多くの困難が立ちはだかることは明白だ。それを承知で相棒は共に歩む決意をしたんだ。お前のようなよそ者には理解できんだろうさ。」
少し顔を合わせたくらいではその過去を、背景を窺い知ることなど出来るはずがない。この男は東洋の人間。こちらの情報、特に魔族の事など知るはずもない。相棒もこちらに来た当初は魔族の知識など、皆無だった。それ故にその恐ろしさ、おぞましさを知らないはずなのだ。それを理解するのにはある程度の経験、知識の習得がなければ理解することなど出来ないだろう。
「魔族だってね。この世にはやっかいな連中がいたもんだ。確かに俺ら東洋人はその手の知識は浅い。でも、似たような脅威がいることをおたくは知らんだろう?」
「何……!?」
「蚩尤一族。俺達梁山泊と因縁のある、魔の力を使う一派だ。ヤツらの言い分では流派の源流はヤツら一族にあるんだとさ。」
蚩尤一族……。相棒から聞いたことがある。流派に仇なす邪悪な一派がいると。技を極めた暁にはヤツらの脅威に曝される覚悟をしなければならないとそうだ。ヤツらは求道者、道を極めんと、互いの正当性を決する宿命を二千年以上前から争っていると伝承されているそうだ。
その一派を名乗る男が学院の騒動を切っ掛けに姿を現したのだという。相棒の命を狙っているだけでなく、あの娘を見味方に引き入れる目的も持っているのだそうだ。その事実をこの男は言っているのだろう。
「ハハッ、ヤツらに対抗する手段はそちらにはないだろう? こちらの無軌道な魔族とかいう連中と違って、蚩尤一族は俺らと相違ない武術を使うわけよ。おたくらじゃ、ヤツらの足元にも及ばないだろうねぇ。当然、あの落ちこぼれ君なんかじゃ、太刀打ちできる相手じゃないよ。ウチの宗家でも手を焼く相手だからね。」
「あの爺さんでもか……。」
あの爺さんの腕は計り知れないものがあった。素手であるにも関わらず、エドやジェイを子供同然の扱いをした挙句、軽々撃破しているし、相棒やその姉すら、いとも簡単にあしらうほどだった。それに匹敵する腕を持ちながら、魔の力を使いこなす……考えただけでもゾッとする。ある意味では魔王に匹敵する脅威だと言える。
「だからさ、俺が守ってやろうって言ってんのよ? もちろん梁山泊に連れ帰った上でね。そうすれば、こちらでの厄介事には巻き込まれんだろうし、蚩尤一族の脅威からも守ってやれる。その方が合理的だと思わない? 俺についてこれば万事解決、って寸法よ?」
「ケッ、都合のいい事言いやがって。だが、本人たちは納得するわけがない。理屈はご立派でも、感情だけはどうにもならないさ。」
「俺、納得させる自信あるよ? だって俺、天下一の伊達男を自負してるから!」
奴は肩に担いだ矛を軽い動作で振り回しつつ流れるような動作で構えの体勢に移った。その姿から発せられる気迫は俺さえも気圧されるほどの迫力を宿していた。なるほど、今までの口上は口からのでまかせ、ハッタリというわけではなさそうだ。これは一筋縄では行かなそうな相手だな……。




