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第190話 忌まわしき記憶。〜勝ち目のない戦い〜


「名案を思いついたぞ。貴様には最後の試練を与えてやろうではないか!」


「……試練?」


「この梁山泊に残れるかどうかの試練を与えてやろうというのだ。今から”百修百業”を行い、オレに一勝でも出来たら残ることを許そう。出来なければ梁山泊から去ってもらう!」


「さすが若様! 慈悲深いご判断です!」



 どうやら俺をこの梁山泊から追い出すつもりらしい。しかも”百修百業”で? あれは梁山泊屈指の荒行の一つで、百戦続けて行う試合形式である。百戦終わらせるか、どちらかが倒れるまで続くという、あまりに過酷なため滅多に行われないものとされている。


 大抵はどちらかが死ぬ、もしくは両者が死ぬという結果に終わるという逸話が多く残っている。大抵は因縁の決着や五覇、宗家の座を巡る際に行われるのだと聞いたことがある。それを、今、行うだって?



「貴様の進退については内部でも議論になっているという話は分かった。今日、その議論に決着をつけようではないか? 宗家の血筋たるオレが査定してやろうというのだ!」


「若様のその鶴の一声をみんな待ってたんですよ!」


「資格なき者に制裁を下すというのですね!」



 皆、口々に若を絶賛、その判断に讃辞の意を述べている。このままでは本当に”百修百業”が実行されてしまう。だけど、俺には止めることも逃げ出すことも出来なかった。そうすれば、確実にその場で殺されてしまうだろう。とはいえ従っても確実に死ぬ。すぐに”死”には直結しない分、望みはあるが……。



――――その後、梁山泊から離れた山奥、基礎体力の修練などでよく使われる場所へと移動した。理由はやはり秘密裏に行うためだろう。いくら宗家の血族とはいっても、身勝手な判断で”百修百業”を行うことが許されるはずがない。それを彼らも熟知していたのだ。だからこそ人目に付かないとところで処分しようとしたのだと思う。あの時はそんな事を考えてる余裕すらなかったけど。




「では始めるぞ。これを持て!」



 実剣を投げてよこされた。でも相手は練習用の木剣を持っている。最初から持っていた剣は取り巻きの一人に持たせたままで持ち替える素振りすら見せていない。



「貴様にはその剣を使う権利を与えてやる。逆にオレはこれで十分だからな。」


「さっすが、若様! お優しい!」


「これでも断然、若様の方が有利でありましょうな。」


「それくらい実力が離れてるだろうからな!」



 若がどれくらいの強さなのかは知らない。でもこいつらが媚びへつらうくらいだからそれなりの強さはあると思った方が良さそうだ。曲がりなりにも、師父へ勝負を挑むくらいなのだから、それにふさわしい実力であってほしい。



「そういえば貴様の名を聞いていなかったな? 名は何と言う?」


「ロア……。」


「フン! 聞き慣れぬ響きの名だ。どうせそこいらの夷狄、卑しい部族の出なのであろう。奴隷だったのだから、おそらくそういう輩の末裔であろうよ!」


「若様のおっしゃる通りですな!」


「ご明察でございます。」



 確かに名前の響きは一般的に聞かない物だ。あまりに聞き慣れない名前のため聞き返されることも多々あった。そのため名前ではなく”お前”とかそういう呼ばれ方をする方が多かったように思う。


 でも、自分の過去の記憶すら曖昧なのだから、本来の名前かどうかすら怪しい。戦災孤児の類で夷狄のような、この国の主流ではない民族の生まれなのかもしれない。師父が俺の名前の由来について、そういう風に語っていた。



「オレの名はジン・ティンロン。もちろん知らないとは言わせぬぞ。宗家パイロンは我が父である。そのオレが処断してやるというのだ。ありがたく思え!」



 名前まで知っているわけがない。俺のような人間とは全く接点がなかったんだから。宗家には男女一人ずつの子供がいるらしいという情報は知っていたという程度に留まる。ティンロンらしい少年は以前から見かけていたと思うが、この日初めて、その正体がわかったのである。



「では、名を教えてやったところで早速、開始だ!」


「……!?」



 ティンロンは一瞬にして姿を消した。忽然と姿を消したのだ! と思った瞬間、見失ったはずの相手が目の前に出現していた! 呆気にとられ、防御なんて間に合わない!



「まずは一本目だ!」



 頭部への衝撃が来た所で目の前が真っ白になり、足に力が入らなくなった。



「……おい、起きろ! 若を待たせるつもりか!」



 気がついたときには視線は地面の間近にあり、冷たい水の感触があった。おそらく気を失っていたのだろう。冷水をかけられ意識を取り戻したのだ。たった一撃、一瞬で気を失わされたのだということを理解した。



「どうだ? これが一流、天才の腕だ! 貴様如きでは反応することすら出来ないだろう。一勝だけでも、という条件にした理由が分かったであろう? それほどまでにオレと貴様では天と地ほどの差があるのだ!」



 元々、勝てるなんて思っていない。もとより、梁山泊への入門以来、いや、それまでの人生を入れたとしても、俺は一切、他人に勝ったという経験がない。だからこそ、勝つイメージなんか一切見えない。これから途方もない回数の負けを重ねて、死を迎えるのだろう……。

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