第188話 斬り刻んでやる!
「ゴミは念入りに細かくして荒野にばらまかないとな! ゴミとはいえ生ゴミなのだから、腐り果てて不衛生になるのはよくない。だからこそ斬り刻んでやるというのだ! 細かいほうが自然に帰るのも早かろう!」
相手の余計な気遣いをよそに俺はひたすら攻撃の回避に専念していた。まるで旋風、風の化身そのものと化した攻撃は執拗に俺を切り刻もうと狙ってくる! 最初の連撃とは違い、一撃一撃の間隔が短い。でも不思議とこの攻撃も凌ぐことが出来ている。
「父上を破ったというのは完全な嘘八百というわけではなさそうだ。オレの技を凌げるのだから、万が一の奇跡でも起きたのだろう。だが、そんな奇跡は何度も起きないことを証明してやろう!」
よくしゃべるな。下手すりゃ自分の舌を噛み切るかも知れない勢いなのに! そうならないところを見ると、まだ相手は余力がある、本気を出していないことが推測できる。対象的にこちらは避けるのと防ぐのに手一杯で反撃の糸口が見えない。凌ぐことが出来ているとはいえ、いつまでこの状態が維持できるのかわからない。こちらから打開の一撃でもくれてやらないと状況は変化しない。
「槍覇から聞いた話によれば、貴様と戦った当日、父上は怪我をしていたそうだな? 貴様の恋人から受けた傷をそのままにしていたのだとな。あの父上が人に情けをかけるとは誠には信じがたい。どうせ貴様の女が色仕掛けでもしたのであろう? その結果だとすれば合点がいくな!」
レンファさんはコイツにもあの話を? もしかしたら、宗家が万全の体勢で戦っていた訳ではないと伝えたかったのかも知れない。レンファさんなりに俺へ復讐の矛先が向かわないようにしようとしていたのかも? だが実際は歯止めがかからず、遠征してまで俺を倒しに来てしまった。ティンロンのプライドはレンファさんの想定以上に高かったと言えるだろう。
「なにしろ父上をたぶらかすほどの女だ。オレの母上以外に頑固者の父上の心をうごかしたのだからな! 父上はともかく、あの女は貴様には不似合いだ。その点も許しがたい!」
エルに会ったのか? 確かに予定通りなら既にこの街に来ていてもおかしくはない。学院からは遠いとはいえ、俺達よりも先に旅立っていたはずなのであり得る話だ。だとすれば早く会いに行かないといけない。久しぶりの再会なのだから!
「ハッ! 女の話が出た途端に動きが機敏になったな? オレ相手にまだ本気を出していなかったのだな! だが本気になった所で貴様に勝ち目はない! その思い上がりを挫いてくれる!」
エルのことを思った途端に調子が良くなった気がする。心なしか相手の攻撃が遅くなったようにも感じる。とはいえ、目が慣れてきたのかもしれない。近頃はアイローネとかロレンソといった、力よりもスピード、剣技の技術力で勝負する敵と戦う機会が多かったのが功を奏しているのかも。しかも、ロレンソとは合間を見て模擬戦の相手になってもらっていたのだ。その間に新技の手応えを感じたのだ。
「いいだろう! 少しだけ、ほんの少しだけ本気を見せてやろう!」
更に動きが速くなった! 旋風の勢いが一段と増した。肌に感じる衝撃波はほとんど嵐のときの暴風と差がない! 俺も怯んではいられない。タイミングを見はらかってあの技を狙う!
(ビュウっ!!!)
ひときわ強い横薙ぎの一撃が来た! 完全に首を狙っての一撃だ! 俺はその瞬間を待っていましたとばかりに状態を仰け反らせ、攻撃を回避した。
「ハハッ! 躱したはいいが、その後はどうする? オ貴様が起き上がるのを待ってやるほどオレはお人好しではない!」
確かにこのままでは後頭部を地面に打ち付ける結果になる。あのときもそういう展開になった。ロレンソの渾身の突きを躱したときも。だが、その時の経験がヒントになった新技だ!
「極端派奥義、”旋蹴防衛”!!」
(ドガッ!!)
「ぐぬっ!!」
仰け反りつつ腕を伸ばし、ブリッジの体勢へ移行、そのまま足を振り上げ、相手を蹴り飛ばす! いわゆる”バク転蹴り”という奴だ! 前にジェイが披露していた超人技を回避テクニックと組み合わせて、新技へと仕立て上げたのだ! 手応えあり! 聖歌隊にいる間に特訓しておいて良かった! 本当は聖歌隊のパフォーマンスとして披露する予定だったんだけどな!
「おのれ! やってくれたな! そんな奇策ごときに引っかかるとは!」
旋蹴防衛はティンロンの顎を打ち据えることとなったようだ。痛そうに顎をさすっている。一矢報いることが出来た……が、そこで俺はティンロンの様子に違和感を覚えた。何かさっきまでと様子が違う? 何か刀を左手で持っている? コイツ、確か最初は右手に持っていた様な……、
(……ヒュオッ!!)
背後からの風切り音! とっさに身をかがめ謎の飛来物をやり過ごす! その飛来物はティンロンのところまで飛んでいき、奴はそれを右手で受け止めた。アレは刀だ! 右手に持っていた刀を投げていたんだ! あのときの横薙ぎの一撃はひときわ勢いがあるように感じたのはこれをやるためだったのか!
「チッ! オレに足蹴にしたばかりか、”落月鳳旋”まで躱すとは! ゴミの分際で!!」
戦技一❍八計、”落月鳳旋”! 刀を放り投げた様に見せかけ、弧を描いた軌道で旋回させ、相手の死角から飛来させる。剣術の落鳳波に相当する技がコレだ! 通常のなぎ払いに見せかけてあんな技を仕込んでくるとは……。